おかると共に落ち延びた勘平は、自分の不忠を悔み自害しようとします。しかし、忠義を果たす時を待つべきであると説得するおかるの言葉を聞き入れ、勘平はおかるの実家に身を寄せることを決意します。すると、師直の家来・鷺坂伴内が現れます。伴内は、勘平を捕まえて、おかるを自分のものにしようとしますが、勘平は見事にこれを退けるのでした。
三段目「裏門」を書き替えた所作事で、色彩の鮮やかな背景と華やかな清元の名曲で描きます。東京式の通し上演では四段目の後に上演されるのが通例ですが、今回は、その後に続く勘平とおかるの悲劇の序曲として上演します。
勘平はおかるの実家に身を寄せ、猟師として暮らしています。
山崎街道で、勘平が雨宿りをしていると、偶然にも、同輩だった千崎弥五郎と再会します。主君の大事に居合わせなかった(三段目)勘平は、その失態を恥じながら、師直館への討入りの計略に参加したいと伝えます。弥五郎は、判官の石碑建立の費用という名目で、討入りのための資金と徒党を集めていると伝えます。勘平は、金を用意することを約束し、弥五郎と別れます。
その晩、おかるの父・与市兵衛は五十両を持ち、夜道を急いでいました。その五十両は、おかるの身売りの前金でした。おかるは、勘平を侍に戻してやりたいという気持ちから、勘平には内緒で、祇園の一文字屋へ身を売ることにしたのです。
しかし、山賊の斧定九郎が与市兵衛を殺害し、五十両を奪います。その直後、定九郎は、勘平が猪を狙って放った銃砲に撃たれ、絶命します。暗闇の中、自分が撃ち殺したのが猪ではなく人間だと気付いた勘平は、動揺しながらも、亡骸の胸元にあった五十両を取り、その場を後にします。
「鉄砲渡し」の幕開きで、雨宿りの最中に笠を上げて顔を見せる勘平の登場は、二枚目ぶりが際立つ演出です。「二つ玉」では、花道の七三で銃を放つ動作、暗闇の中でのわずかな台詞と動作のみで揺れ動く心理を表現する様子など、洗練された型がみどころです。この五段目と次の六段目の勘平の型は、東京では五代目尾上菊五郎によって完成された音羽屋型が踏襲されています。また、定九郎の色気ある悪役ぶりは、初代中村仲蔵が考案した黒羽二重の浪人姿により一層際立ちます。勘平と定九郎の演技からは、写実と様式美が融合した歌舞伎特有の表現を楽しむことができます。
勘平は、おかるが身を売ったことを知らず、家へ戻ります。すると、おかるを迎えに来た一文字屋のお才と判人源六に事の経緯を聞かされます。昨夜入手した財布と与市兵衛が前金の五十両を入れた財布が同じであると、勘平は気付きます。舅を殺害したと思い込み、絶望に打ちひしがれる勘平。おかるは、勘平と別れる悲しみを堪(こら)えながらも、両親の世話を頼み、祇園へと出立します。おかるに与市兵衛殺害を打ち明けようか迷った勘平ですが、何も言えずに見送るのでした。
おかるが去った後、与市兵衛の亡骸が運び込まれます。突然の夫の死を嘆く妻のおかや。そして、与市兵衛が持っているはずの財布を勘平が持っていると知り、厳しく責め立てます。そこへ、塩冶家の家来だった原郷右衛門と弥五郎が現れ、勘平から渡された五十両を返却し、不忠者からの五十両を受け取ることはできないという由良之助の言葉を伝えます。勘平が与市兵衛を殺害したとおかやから聞かされた二人は、勘平を責めて、その場を立ち去ろうとします。亡君への恥辱と言われた勘平は、腹に刀を突き立て、「いかなればこそ勘平は……」と昨夜の出来事を語り始めます。
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六段目の勘平は、五段目と同じく五代目菊五郎の型が継承されています。財布を確認する際の視線やしぐさ、煙管の持ち方まで、緻密に練り上げられた演出が随所に見られ、勘平の微細な心理を表現します。
祇園へ出立するおかるを勘平が抱いた後「まめでいやれ」と突き放す場面では、勘平とおかるの苦悩と悲しみが胸に迫ります。「いっそ打ち明けありのまま」と勘平の心情を語る竹本が、勘平の演技を効果的に盛り立てます。
そして、刀を腹に突き立てた勘平の述懐では、「色に耽ったばっかりに……」と身の因果を嘆く件が聞きどころです。
京都の祇園町にある一力茶屋。由良之助は遊興に耽っています。その噂を聞いた塩冶家の元家臣・斧九太夫が、師直の家来・鷺坂伴内を連れて現れます。九太夫は師直方に寝返っています。二人は、由良之助の様子を窺いに来たのです。由良之助の真意を知りたい塩冶の元家臣たちや、以前は判官の足軽で討入りに加わりたい寺岡平右衛門が訪れますが、由良之助は全く相手にしません。
息子の力弥が届けた顔世からの密書を読もうとした由良之助のもとへ、九太夫が現れます。九太夫は、気の抜けた由良之助に討入りの意志はないと判断し、伴内を帰します。
遊女になったおかるが、酔い醒ましのために二階の座敷に現れます。それに気が付かず、縁先で密書を読み始める由良之助。おかるは、恋文だろうと思い、手鏡に映して密書を盗み見ます。縁の下には、九太夫が潜んでおり、垂れ下がってくる密書を読み始めます。
おかるが簪を落としてしまい、おかるに気が付いた由良之助は、慌てて密書を巻き取ります。しかし、その先がちぎれていたので、縁の下で何者かが密書を盗み見ていたと知ります。
由良之助は、密書を全て読んだと言うおかるを身請けすると、いきなり言い出します。
おかるの兄である平右衛門は、身請けと密書のことを聞くと、由良之助の真意を悟り、おかるを殺そうとします。果たして由良之助の真意とは?また、おかるや平右衛門の運命は?
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廓で遊興に耽る由良之助の真意が、他の登場人物たちとのやりとりの中で、次第に明らかになっていきます。廓で遊ぶ男の色気と、討入りの決意を胸に秘めた忠臣としての性根を兼ね備えた由良之助。その演じ分けに、俳優の個性を垣間見ることができます。
由良之助が密書を読む場面では、縁先に立つ由良之助を中心に、密書を盗み見ようとする二階座敷のおかる、縁の下に潜む九太夫という三者の構図の美しさにご注目ください。
身請けされた後に勘平に会えると喜んで手紙を書くおかる。その愛らしさが、勘平の死を知った後の嘆きと悲しみを増幅させます。そして、身分の低い足軽とはいえ一途な忠義心を見せる平右衛門とのやりとりでは、兄妹の情愛が伝わります。
なお今回は、九太夫と伴内が一力茶屋を訪れる件から上演します。
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