鶴ヶ岡八幡宮に参詣に訪れた足利直義は、兄である将軍・足利尊氏の命を受け、討ち取った敵方の武将・新田義貞の着用していた兜を奉納しようとしています。この兜の奉納を巡り、足利家執事・高師直と直義の饗応役・桃井若狭之助の意見が分かれます。若狭之助に反論された師直は機嫌を損ね、二人の間には険悪な空気が流れますが、若狭之助と同じ饗応役の塩冶判官が取り成します。そして、兜のことをよく知っている塩冶判官の妻・顔世御前の鑑定により、兜は無事奉納されます。
師直は、想いを寄せていた顔世と二人きりになったので、恋文を渡して口説き始めます。この様子を見た若狭之助が顔世を逃がしたことにより、怒り心頭の師直は若狭之助を侮辱します。その執拗な侮辱に堪えかねた若狭之助は刀を抜こうとします。そこへ塩冶判官が間に入り、その場は事なきを得ます。
開演10分前から口上人形が配役を紹介した後、「天王立下り羽(てんのうだちさがりは)」という荘重な鳴物で幕が開きます。幕が開いても、登場人物たちは俯いたまま動きません。竹本の語る浄瑠璃で名前を呼ばれた順に登場人物が目を開け、息を吹き込まれたように動き出します。この演出は、原作である人形浄瑠璃に敬意を払ったものです。七五三の置鼓や東西声と続く儀式的な幕開きは、『忠臣蔵』の大序だけに残された演出です。
また、師直、若狭之助、判官の衣裳の色彩は、各々の役柄を表現しています。師直の悪徳政治家のような風貌を黒色で、若狭之助の爽やかで真っすぐな若者像を浅葱色で、判官の思慮深く温厚な性格を玉子色で表しています。このように、歌舞伎独特の美意識が舞台効果を高めています。
兜改めの翌日。師直と若狭之助の険悪な関係について、桃井家の家老・加古川本蔵は不安を感じています。そこへ、塩冶家の国家老・大星由良之助の息子力弥が判官からの口上を伝えに訪れます。本蔵の妻戸無瀬は、力弥の許嫁である娘の小浪に応対させます。
その夜、若狭之助は本蔵を呼び出し、天下のために殿中で師直に斬りつける、と打ち明けます。お家断絶も覚悟の上でした。一本気な若狭之助の性格をよく知る本蔵はそれを止めず、無念の思いを晴らせとばかりに松の枝を切って見せました。それに満足した若狭之助は、本蔵に今生の別れを告げます。しかし、本蔵は、桃井家と若狭之助の身を案じ、苦心の行動に出るのでした。
許嫁である力弥と小浪の初々しい恋の様子は、二人をたとえた浄瑠璃の詞章の表現に由来して“梅と桜”とも呼ばれています。二人の恋模様が、八段目と九段目につながる伏線となっています。昭和61年の開場20周年記念公演では、二段目は改作の「建長寺書院の場」でしたが、今回は原作に即した台本で上演します。
※文化デジタルライブラリーでは改作の「建長寺の段」のあらすじが解説されています。
本蔵は師直に賄賂を贈ることにしました。殿中で若狭之助と対面した師直は、すぐに謝罪します。師直の怒りの矛先は、後から登城した判官に向かいます。判官は、顔世が師直に宛てた文箱を持参します。その文箱の中には「さなきだに重きが上の小夜衣 わが夫(つま)ならぬつまな重ねそ」という古歌を記した短冊が入っていました。それは、師直の恋慕の拒絶を意味するものでした。師直は全てを察し、判官を口汚く罵ります。初めは受け流していた判官ですが、執拗な罵倒に堪えかね、ついに師直に斬りつけてしまいます。
一方で、判官の家来・早野勘平は、顔世の文箱を届けにきた腰元おかると人目を忍び、逢瀬を楽しんでいました。その最中に殿中で刃傷事件が起こり、勘平が駆け付けた時には、判官は屋敷へ戻された後でした。主君の大事に居合わせることができず責任を感じた勘平は、切腹しようとします。しかし、お詫びはいつでもできるとおかるが説得し、二人はおかるの実家へ落ち延びます。
三段目の全編上演は、昭和63年1月大阪中座以来28年ぶりです。
師直が判官を罵倒する「松の間刃傷」は、“喧嘩場”とも呼ばれる場面。執拗に侮辱する師直と次第に気色ばんでいく判官。両者の演技にご注目ください。
また、「足利館門前」の後半(通称“文使い”)と「裏門」では、勘平とおかるの恋模様と悲劇の始まりが描かれています。
三段目における、判官、勘平、本蔵の三人の行動が、各々の今後の運命を大きく左右します。『忠臣蔵』の大きな柱となる三人のエピソードは、判官は四段目、勘平は五段目と六段目、本蔵は九段目に続きます。
なお、11月の【第二部】では、三段目「裏門」を清元の舞踊劇に書き替えた「道行旅路の花聟」を上演します。
判官は謹慎となり、幕府からの処分を待っています。そんな夫を慰めるために、鎌倉から桜を取り寄せ、腰元に活けさせる顔世。師直からの邪恋を拒絶したことがこの事態の一因となったと憂います。
上使の石堂右馬之丞は、切腹と領地没収という処分を伝えます。覚悟していた判官ですが、国家老の由良之助に一目会いたいと到着を待ちわびます。しかし猶予は許されず、判官が腹に刀を突き立てます。その時、由良之助が国許から駆け付けます。由良之助は、判官の無念の言葉を噛みしめ、切腹に使われた形見の短刀を握り締めます。
城を明け渡した由良之助は、血気に逸る家臣たちを諫め、改めて討入りの覚悟を胸に、立ち去ります。
東京では昭和50年12月国立劇場以来41年ぶりの上演となる「花献上」。判官の処分を待つ顔世の憂いと深い悲しみが描かれます。
由良之助の到着を待ちわびる判官の心境をどう表現するかが、俳優の技量のみせどころです。二人がようやく対面を果たすのが、第一部最大の見せ場です。由良之助が花道を駆けて登場するシーンには緊張感が漲り、判官が由良之助に無念の想いを伝える場面は胸に迫ります。また、国家老としての貫録と複雑な想いを肚芸で表現する由良之助の演技もみどころです。由良之助が悲痛な心境で立ち去る幕切れでは、「送り三重」という三味線の演奏が、演出効果を高めます。
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