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国立劇場

研修インタビュー 市川新十郎(いちかわしんじゅうろう)(平成2年3月第10期歌舞伎俳優研修修了)※令和2年12月掲載

 市川新十郎さんは、平成2年に国立劇場の第10期歌舞伎俳優研修を修了し、平成3年に十二代目市川團十郎丈に入門されました。立役(たちやく・男性の役)として様々な舞台を勤める一方、立師(たてし・歌舞伎の戦闘の演技である立廻りを考える役割)としても活躍しています。また、研修助手として後進の指導にあたっています。

 

《「歌舞伎に骨を埋めるから、家のことは頼む!」》
Q. 研修生になろうと思ったきっかけは何ですか?
A. 両親が日本舞踊家で、私は幼い頃から日本舞踊をやっていました。跡を継げとは言われませんでしたが、ゆくゆくは私自身も日本舞踊の道に進むのだろうなと思っていました。日本舞踊家になるために、古典芸能を全般的に学びたいと思い、高校を卒業して歌舞伎俳優研修生になりました。
 ところが、歌舞伎の稽古をすればするほど、できることが増える半面、これまで気づかなかった新たな疑問が出てきて、歌舞伎にのめりこんでしまいました。歌舞伎はやめるにやめられない、終わりのない面白いものだと分かり、一生歌舞伎を続けたいと考えるようになりました。俳優になる覚悟を決め、弟には「歌舞伎に骨を埋めるから、家のことは頼む!」と言い、この道に進むこととなりました。日本舞踊は歌舞伎が元になっているものが多く、私が歌舞伎で勉強してきたことを父や弟に伝えることができれば、きちんとした裏付けのあるものが実家にも伝わることになります。つまり、私が歌舞伎俳優になれば、大好きな歌舞伎を続けられるだけでなく、実家にもメリットがあると考えました。

Q. 日本舞踊と歌舞伎のお芝居で共通するところがある一方で、異なる点もありますが、お芝居をやる上で苦労したことはありましたか?
A. 元々お芝居自体をやりたくて研修生になったわけではなかったので、どうすればよいか分からず難しかったです。二代目中村又五郎先生からは、「お前は芝居の時に踊るからダメだよ」とご注意いただいたことがあります。どうしたらできるようになるのか悩みましたが、そう言っていただいたことで、「踊る時には踊り、そうではない時には踊らないように、動きを区別してみよう」と前向きに捉えて取り組むことができました。

Q. 歌舞伎役者の踊りと日本舞踊家の踊りは、どのようなところが異なりますか?
A. なかなか難しい話です。基本的には違いはなく大切なことは同じですが、日本舞踊家の踊りは体を良く使い、流れや形をきれいに見せる事に、又、歌舞伎役者の踊りは実というか、誰が何をしているか、役で踊りその役らしければ、多少形が崩れたりしても良い時もあると思います。歌舞伎役者は「踊らなくてもよい」時があると思います。「踊れなくてもよい」とは違いますが。

《引き出しを作る時間》
Q. 研修生時代は毎日どのように過ごされましたか?
A. 毎日ありとあらゆることを勉強させていただきました。学べることがたくさんあり楽しかったです。とんぼ(宙返りの演技)の稽古で足が痛いことはありましたけれど。

Q. 一緒に研修生活を乗り越えた同期の皆さんは、どのような存在ですか?
A. 同期は10人いて、研修生時代には皆で居残りして稽古をするなど、切磋琢磨してきました。修了してからはしょっちゅう会うわけではありませんが、何かと連絡を取り合っています。修了して30年が経ちましたが、10人中9人が歌舞伎俳優を続けています。

Q. 先生方のご指導はいかがですか?
A. 今も昔も変わらず熱心に教えて下さっています。よくあれほど丁寧に教えてくださるなと思います。又五郎先生をはじめとする先生方は、台詞もしゃべったことがない人に根気強く教えるのは大変だったと思います。

Q. 研修生時代を一言で表すと、どのような期間でしたか?
A. 基本を勉強して、多くの引き出しを作る期間です。引き出しに入れたものは、修了して現場に行ってから使っていきます。とはいえ、研修で勉強したことがすぐにそのままできるようになるとは限らず、さらに現場で経験を積む必要があります。

《江戸の人たちのセンスに近づきたい》
Q. 研修修了後にご出演なさった舞台で、特に思い出に残っている舞台はありますか?
A. 修了した翌月の平成2年4月、国立劇場で歌舞伎「毛谷村(けやむら)」のからみ(主役級の役と戦闘する演技)をやらせていただいたことです。からみの中でも「三大からみ」といわれている重要な役です。研修生時代から教えていただいていた尾上松太郎先生に「これを来月やりなさい」と言われ、その通りにやりました。とても難しい役なのですが、何しろ初舞台なので、その大変さ、怖さを何もわからない状態で臨みました。中日(なかび)を過ぎたころから足の裏が痛くなってきて、後半は冷却スプレーで足の痛みを和らげながら舞台に立ちました。芝居はできるのですが、道路の点字ブロックの上などは痛くて歩けませんでしたね。稽古場でできることでも、それを1か月間舞台でやり続けられるとは限らないと分かりました。「毛谷村」のからみは、何年か後にもやらせていただきましたが、「あの時、大変なお役をいただいたんだな」とあらためて感謝いたしました。

Q. やはり歌舞伎が好きだから俳優の仕事を続けられるのでしょうか?
A. 好きでないとやっていけないのではないでしょうか。江戸時代に歌舞伎を作っていた方々のセンスはものすごいと思います。「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」のような名作を作ってしまうのですから!そういう方々のセンスに近づきたいと思い、目指して追いかけています。

Q. 今年(令和2年)8月には、稚魚の会・歌舞伎会合同公演(研修修了者及び幹部俳優に直接入門した俳優が、日頃の研鑽の成果を披露する会)で、歌舞伎「傾城反魂香(けいせいはんごんこう)」の又平(またへい)を演じましたね。
A. 又平は師匠(十二代目市川團十郎丈)がよくなさっていたお役ですので、少しでも師匠の又平に近づきたいと思って勤めました。「傾城反魂香」は、困難な状況を又平が頑張って打破する物語で、現代にも通じるメッセージ性のある作品です。とても優しい世界観のお芝居ですので、そういった雰囲気を出したいと思って精一杯勤めました。中村梅玉(ばいぎょく)旦那にご監修いただき、大変心に残るご指導をしていただきました。

又平=市川新十郎 お徳=中村梅乃

Q. 稚魚の会・歌舞伎会合同公演では、研修修了者が大きな役を勤めることが多いですね。通常の公演とどのようなところが異なりますか?
A. 稚魚の会・歌舞伎会合同公演のような勉強会では、出演する俳優皆で主体的に意見を出し合って良いものを作っていこうという雰囲気があります。通常の興行では所帯が大きく、決められたことをやるので、やはり熱量のちがいを感じる時もあります。稚魚の会・歌舞伎会合同公演では、いろいろなことを教えていただけるので、たとえ普段はやらないようなお役をいただいたとしても、その経験が必ず他のお役や後見を勤める時に活きてきます。大きなお役をやらせていただくことで自信もつきます。

Q. 新十郎さんは今年で研修修了から30年を迎えられ、稚魚の会・歌舞伎会合同公演は卒業となります。ところで、今年はご子息の市川米十郎(よねじゅうろう)さんが初めて稚魚の会・歌舞伎会合同公演に出演されましたね。最初で最後の親子共演はいかがでしたか?
A. 息子は中学生の時に歌舞伎をやってみたいと言い出しました。研修に通わせることも考えましたが、まだ中学生でもあり、知識をつけてから入門するよりも何も分からないうちに飛び込ませた方がよいかと思い、若旦那(市川海老蔵)に直接入門させていただく事にいたしました。

Q. 研修生を目指す人にエールをお願いします。
A. 研修生になると、発見することだらけの日々を送ることになります。分からないことがあるのは当たり前で、触れれば触れるほど理解が深まります。怖がったり構えたりせずに、勉強して蓄えを増やし、力にしていきましょう!

本日はお忙しい中、ありがとうございました。