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国立劇場

研修インタビュー 中村吉三郎(なかむらきちさぶろう)師(歌舞伎俳優研修講師)
※令和2年12月掲載

 中村吉三郎師は、昭和47年に国立劇場の第1期歌舞伎俳優研修を修了し、50年間歌舞伎俳優として活躍を続けていらっしゃいます。現在は歌舞伎俳優研修および太神楽研修の講師を務められています。吉三郎師の芝居への熱い思いと、研修開始当時の想い出を伺いました。

 

《演劇を学ぶなら古典を勉強しよう》
Q. 研修生になろうと思ったきっかけは何ですか?
A. 私は学生時代から演劇が好きでした。高校生の頃は新劇の劇団の研究生をやっていましたが、美術の教師から「世界の名だたる画家は皆、デッサンを勉強してから絵を描いている」というお話を伺い、同じことが演劇にも言えるのではないかと思いました。お芝居の原点ともいえる古典を勉強したいと思っていたところ、新聞で歌舞伎俳優研修生募集の記事をみつけ、国立劇場に問い合わせましたが、直前になって研修開始が延期になるとの連絡を受けました。高校を卒業した私は、日本大学芸術学部に進学しました。大学では「日大闘争」が繰り広げられていたため、構内に入れず授業の記憶がほとんどありません。歌舞伎研究会に入り、キャンパスの近くの呉服屋の2階で稽古をしたり、割烹の店の手伝いもしたりして過ごしておりました。2年後に研修を開始するという知らせがあり、大学を辞めて研修生になって歌舞伎を勉強する事にしました。

Q. 2年間ブランクがあっても、研修生になりたいという思いは揺らがなかったのですね?
A. 古いものを勉強してから新しいものをやろうという気持ちは変わりませんでした。どういうジャンルの芝居がやりたいというのはなく、ただ芝居がしたかったのです。

Q. 研修生になる前から、歌舞伎は身近な存在でしたか?
A. 歌舞伎はテレビで見たことはありましたが、生で見たのは研修生になってからです。歌舞伎にとらわれない役者になりたいと思っていました。

Q. 研修生になる前は歌舞伎研究会や新劇でお芝居を稽古していたということですが、他には何か習い事をされていましたか?
A. 日本舞踊と義太夫を習っていました。学生時代には、学生服で義太夫の発表会に出たこともあります。日本舞踊を習ったことで、着物を着られるようになり、所作も身につくようになりました。
 一緒に研修生になった同期は、芸事の経験がある人もない人もいました。日本舞踊や長唄をやっていた人もいましたし、芸事の経験はないけれども歌舞伎を観るのが好きな人もいました。舞台の大道具のアルバイトをしていた人もいましたね。

《遂に研修が始まった!》
Q. 当時の研修の様子についてお話しください。
A. 歌舞伎俳優研修が始まったということで、世間から注目されていました。テレビ局が取材に来たりもしましたね。先生方はどんなお役でもできるように教えてくださいました。坂東八重之助(やえのすけ)先生からは、「とんぼをかえる間、かえす間を両方とも覚えなさい」と言われ、大きなお役ができるように教えていただきました。当時はとんぼ道場が国立劇場の最高裁判所側、楽屋の横にありました。近くを通る方からよく見えたので、先生も研修生も気合を入れて稽古していました。
 今の研修生と同じく、歌舞伎実技、立廻り・とんぼのほか、日本舞踊、義太夫、鳴物、長唄、講義などの授業がありました。初代松本白鸚(はくおう)先生、七代目尾上梅幸(ばいこう)先生、十七代目市村羽左衛門(うざえもん)先生など、大幹部の方々も国立劇場にご出演の際に講義をしてくださいました。貴重な芸談を伺える機会でしたので、職員の方々も聴きにきていました。それから、国立劇場の理事でいらした三島由紀夫先生も講義をしてくださいました。三島先生とは劇場のシャワー室でご一緒したことがあります。武道に詳しい方で、居合の話題で盛り上がりました。

Q. 同期の皆さんとはどのように過ごされましたか?
A. 同期は一緒にやっていく大切な仲間です。ライバル心は持っていましたが、お互いに「足を引っ張る」ことはなく、「手を引っ張り合って」切磋琢磨してきました。よく皆で居残りして、協力して稽古しました。稽古をしていないときは常に芝居の話ばかりしていました。

《芝居と共に歩んできた50年》
Q. 歌舞伎俳優になろうと思われたのはなぜですか?
A. 研修修了後、商業演劇の俳優の方々とも知り合いましたが、演劇で食べていくためにも歌舞伎を続けようと決心しました。歌舞伎は古典的な演劇ですが、時代を超えて変わらない良さがあり、勉強すればするほどますます歌舞伎の魅力に引き込まれてゆき、かえって一番新しい演劇に思えました。
 歌舞伎にこだわらず、演劇をやりたいという思いが強かったので、歌舞伎以外の演劇にも積極的に出演なさっているという理由で、ミュージカルでも活躍されていた初代松本白鸚丈に入門し、続いて新派や新劇に出演されていた中村吉右衛門丈に入門しました。歌舞伎以外の演劇に出させていただくこともありますが、そういった時にも歌舞伎と全然ちがうことをしているとは思っていません。音楽や照明設備がちがうだけで、芝居をするということでは一緒です。テレビドラマの現場では、さすがに台詞の言いまわしがちがいますが。

Q. 歌舞伎俳優になられてからの思い出を話していただけますか?
A. 若手の頃は、よく黒衣(くろご)を着て舞台幕溜まりから芝居を観ていました。芝居は観ないと上手くなりません。歌舞伎をめざす若手には、是非積極的に芝居を観て欲しいです。研修生は、幼い時から歌舞伎の世界で生まれ育った役者が自然と身につけている所作や合方(音楽)が身についておらず、ただ舞台に出ているだけでは分からないことがあります。台詞や振付を覚えてふくらませることができるように、生の芝居を観て身に付けることが大切です。見るものは見て、盗むものは盗んでほしいですね!私の若い頃は、「盗んでよいのは芸だけだよ」なんて言われたものです。

Q. 歌舞伎の興行では25日間連続で舞台に立ち続けなければなりませんが、普段から気を付けていることはありますか?
A. 若い頃は特に健康管理などについては考えませんでした。失敗しても「明日頑張ろう!」と思って気持ちを切り替えていました。日本舞踊家など、本番が1日だけの方々は、一発勝負なので大変だと思います。逆に言えば、歌舞伎は初日、中日(なかび)、千穐楽で、芝居が進歩しないといけません。日数を重ねると、だんだんと息が合うようになり、芝居が変わります。お客様の中にも、そういう芝居の変化に注目される方がいらっしゃいます。

Q. 吉三郎先生の仰るように、芝居の変化に着目して観劇する方もいらっしゃいますが、お芝居の見方について、何かアドバイスはありますか?
A. 客席のいろいろな場所から何度も観てください。一度観ただけでは気が付かなかったところが見えるようになってきます。歌舞伎のストーリーは、仇討ち、心中などシンプルなものが多いので、是非ご自分の感性で観て、感じたことを大切にしてください。登場人物を観て、「実際にこんな人がいたのかな?」とか、衣裳を見て「綺麗だな」とか、様々な発見があると思います。

Q. 50年間という長い間、歌舞伎俳優を続けられたのはなぜですか?
A. 芝居をやりたかったからです。それと、若手の歌舞伎俳優を応援して下さる方が多くいらしたことも大きいと思います。私が歌舞伎俳優になったばかりの頃は、下町の旦那衆が小唄や端唄などの習い事をしていて、芸事に理解のある旦那衆に応援していただきました。また、私たち第1期の修了年にあたる昭和47年から「稚魚の会」という若手の勉強会を始めました。劇場と大道具の使用は国立劇場が面倒をみてくれ、衣裳さん、床山さん、演奏家さんもそれぞれに協力して頂きました。チケットは友人・知人等に買っていただくなど、多くの方々に支えていただきました。

《「古くて新しいお芝居」》
Q. 現在は講師として舞台用の化粧の研修をなさっていますが、化粧の研修についてお話を聞かせてください。
A. 人はそれぞれ顔の輪郭が違いますから、生まれ持った輪郭に合うような化粧を教えるように心がけています。自分の輪郭に似ている人を探して真似をするとよいです。研修生には「いい顔見つけなよ!」と言って、どうしたらいい男、いい女になれるか考えさせています。

Q. 太神楽研修の講師も務められていますが、こちらについてもお話を聞かせてください。
A.歌舞伎俳優研修では、歌舞伎俳優を目指す人たちに研修しているのに対して、太神楽研修では、既に寄席の舞台に立っている若手の太神楽の出演者に研修をしています。舞台上での立ち振る舞いを教えているうちに、振付や演技構成も頼まれるようになりました。例えば、籠鞠(かごまり)の曲芸をより面白く見せるために、曲芸に使用する籠を組み立てる様子も演技に取り入れてみました。滑稽なやり取りをしながら、最後にはちゃんとその籠で曲芸をする!これまで学んできた引き出しの中からいろいろなものを出して、振りを作っていくのは楽しいです。川崎大師の「まり塚まつり」(鞠や曲芸の道具を供養する行事)では毎年太神楽をやっていて、研修をしている人たちが出演するので、可能な限り見に行くようにしています。

Q. 歌舞伎俳優研修生を目指す人にメッセージをお願いします。
A. 歌舞伎は演劇の原点であり、しかも現代にも通用する、まさに「古くて新しいお芝居」です。演劇を志すなら、一度歌舞伎を学んでおいた方がよいと思います。歌舞伎役者にしかできない魅せ方があり、歌舞伎ができれば他のお芝居もできるようになります。歌舞伎を知らずして、他のお芝居も語れません。是非一度歌舞伎を勉強してみてください!
 壁にあたって辞めたくなることもあると思いますが、何のためにやっているのか悩めば、自ずと答えは出てくるはずです。悩んでいいんです!悩まなきゃダメです!是非一緒に芝居をしましょう!

本日はお忙しい中、ありがとうございました。