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国立劇場

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豊竹呂勢太夫編(その4)

(その3)よりつづく

いとうせいこう やっぱり何なんでしょうね、そういう何かこう、住太夫師匠、それこそ やっぱり「最終的にやっぱ人間やな」みたいなこと言ってて、「あ、稽古じゃないんだ」みたいな。

豊竹呂勢太夫 それは言われますよ。でもやっぱり本人の人生経験、我々って決まった古典を、形をなぞって演じてますから、じゃ、どこを変えるかっていうと、その演者の何か生きてきたものであるプラスアルファで、

いとう フィルターですよね。

呂勢太夫 少しずつ変わってくわけです、同じやつをやっててもね。そこが1つのその魅力。

いとう 見どころですね。

呂勢太夫 同じ曲やってても同じ訳じゃないですから。

いとう そうだね。そこAIじゃないからね。

呂勢太夫 そこが何ていうか難しいとこなんですけど、それが謂わば人間性ですよね。でも、世間の人、人間性っていうと、なんかほら、立派なお坊さんじゃないですけど、

いとう そっちね。

呂勢太夫 そういう悟りを開いた境地みたいなものを想像するじゃないですか。でも、義太夫はそうじゃないですね、人間性と言っても。

いとう 失敗しちゃったこともあるだろうとか、そういうこと?

呂勢太夫 そういうこともあるだろうよと、そう言うと清濁の濁の方が多いんじゃないですか?

いとう 濁が多い(笑)。

呂勢太夫 「濁濁あわせ飲んだ」

いとう 濁濁を併せ飲んでんだ(笑)。清、ないんだ?

呂勢太夫 清は少ないんじゃないですかね。

いとう 最終的にちょこっとね、言っとくみたいなことなんでしょうね。仕方ないんでラストでね。じゃあ次の公演はその、濁の調子を見るのも面白そう。確実に演者によってシステムが違うし、詞の内容だって変わるでしょ、少し?

呂勢太夫 ちょっとね。



いとう ね。今回の3パターンはやっぱり見て……。

呂勢太夫 見比べたら、多分色んな変化がありますよ。だいぶさっきと違うよね、とか。感じ方もね。あとはその、やっぱり演者がどの人物を掴まえるか。例えば三婦を語りたい人もいれば、お辰を語りたい人もいるし、それはやっぱそれぞれの個性っていうか、ありますよね。

いとう なるほど。解釈というか。

呂勢太夫 共感を覚えにくいとしても、その中でも自分の思い入れしやすい役とか、あるじゃないですか。そういうのはやっぱり違うと思います。

いとう それは楽しませていただきます。

呂勢太夫 ぜひ。お忙しいと思いますが見比べていただいて。人形だって同じようなことやっていても違うんですよ。

いとう そうですよね。ある型と型の間のところは全部自由なんでしょ、だって。

呂勢太夫 そうなんですよ。それ、意味を分かってやるってことが大事なんですよね。この間もある人形遣いの人が話していて、やっぱりめちゃくちゃ色々考えているんだなって思いましたね。

いとう ああ、なるほどなるほど。

呂勢太夫 意味を考えるっていうね。

いとう この人形の、人間はどういうことなんだってことを考えってるってこと?

呂勢太夫 そう。うまいなっていう人は、やっぱなんかそれなりに考えてますよね。でも逆に何も考えない良さっていうのもある。

いとう ああ、そうなんだ。

呂勢太夫 って、越路師匠がおっしゃるには、その、端役みたいな役、そういうのを若い時にやるとね、たまたまハマったりする訳ですよ。「よかった」って言うけど、それがいいのは何も考えてないから。それが大人になってこう色々考え出すと、今度その人物からかえってまた離れちゃうとかって。なんか何も考えてないからこそのよさがあるみたいなことを。

いとう そうだね。考えてないことの花もあるってことなんだね。世阿弥的な。

呂勢太夫 そうなんですね。考えないことがプラスに出てるんですよ。

いとう でもそれは何回も繰り返せるもんじゃないよ、ってやつですね。

呂勢太夫 そうです。若い時は逆になんかあれは良かったねっていうと、考えてなかったのがよかったとかね。不思議ですね。

いとう 不思議ですね。それは舞台のマジックで。

呂勢太夫 ええ。

いとう そういうもんですよね。

呂勢太夫 普通考えてないって、とんでもない話なんですけど、でも、それが妙によかったりとか。

いとう うん、素直に見えるっていうことなんだよね。あれ、不思議なんだよね。芸人もそうですね、やっぱね。笑いを取りに行っちゃってるのが前面に出ると、まあ見てられないっていう。

呂勢太夫 そうなんですよね。やっぱり、でも、何でも我々も言いますけど、そう、あざとくやってると絶対ダメだって。

いとう うんうんうん。やっぱ、そうなんですね。あざとさが一番怖いですね。

呂勢太夫 結果、面白くなってるんであってね。そこをなんかこう、わざわざね、やりに行くと、いやらしくて聞いていられない、とかね。



いとう よく、回るあそこのところの、

呂勢太夫 盆ですか?

いとう そう、盆の後ろからこんこんって次に出る先輩のダメが出てるってよく言うけど、ほんとに出てんですか?住太夫師匠は、やってた(笑)?

呂勢太夫 あれほんとに怖い、嫌ですよね。叩き返したくなります。だって、こっちが大声で語っていても、裏から聴こえてくるんですよ。例えば「なんとかで」〇「それはどうして」って語ってると「抜けた!」とか聴こえてくるんですよ。それは、〇の部分の間が抜けてる、って言うことなんですけど、後ろから聴こえてきて。今言われたってやり直せないのに、って思うじゃないですか。

いとう あはははは。そうですね、言われたって、その場面終わっちゃってるんだもんね。その時は取り返しがつかない。

呂勢太夫 終わってから言ってくれればいいのにって。ああいう方は他にあんまりいなかったですけどね。ただ、でも、裏で聴かれてるっていうのはすごい緊張なんですよ。

いとう そうすよね。

呂勢太夫 大体、自分の師匠とかが次に出るので盆の屏風の後ろで聴いてるんですよね。で、そうすると、やっぱり後でご注意とかを受けるんですけど、やっぱり裏に偉い人が座ってるってすごい緊張感。

いとう すごいよね。そんな芸能、なかなかないと思うんすよ。背中合わせて、さらに上の人がどんどん出てくるシステムだから、必ず師匠か兄弟子とか、そういう人たちが後ろにいる。

呂勢太夫 絶対何か思ってると思いますよ。「こいつ下手だな」とか何とか、ね。

いとう それをコンコンって盆を叩く人もいる。

呂勢太夫 でも営業妨害ですよね。コンコンって叩き返そうかと思いますよ(笑)。

いとう あはははは。でも、1つ1つの舞台が稽古になってるわけでしょう? パキスタンのカッワーリーっていう芸能の歌唱もめっちゃくちゃ好きなんだけど、明らかに舞台の上で格上の人がお稽古つけてますからね。格下も挑戦していく。

呂勢太夫 またすごい誤解を招く発言で、本番の舞台で練習する訳じゃないんですが結局、舞台に出ることっていうのが1番のね、勉強なんですよ。稽古場でどれだけうまくやってもだめで、お客さんを前に、実戦で、それも1日だけじゃなくて、もう20日間くらいやるって。そのね、1日だけなら、めちゃくちゃでもできちゃうんですよ。かなりめちゃくちゃでも何とか持つんです。もう毎日やるってのは、

いとう それをやるってのは。

呂勢太夫 めちゃくちゃだと無理です。ほんとにすぐ2日目から声が出なくなったりします。

いとう 毎日が大事。

呂勢太夫 だからやっぱりね、毎日やるってすごい勉強になるんです。毎日やってるから、こう、だんだんこの芸の輪郭が大きくなったりとかするんですよね。でもやっぱり何でもそうなんですが。やっぱりその、場数踏むっていうことは。

いとう そうね。場数踏んで、しかも飽きずにいるように持っていくってことは、すごく大事なことですもんね。

呂勢太夫 それで、やっぱりその緊張感っていうかな、慣れあいの舞台とかじゃなくてですよ。うん。緊張感のある舞台をやるっていうのは一番の勉強です。
でもね、本当に住太夫師匠のおっしゃった「人間」、って関係ありますね。それは人間性って言い方するとちょっとあれですけど。

いとう あ、「生まれつきやな」って言ったんだ。生まれつきなのか?!って。

呂勢太夫 住太夫師匠がおっしゃったことですね。

いとう でも、生まれつきじゃない?呂勢さんが文楽が好きな理由だってさ、もう理屈じゃ言えないでしょ。

呂勢太夫 僕ね、住太夫師匠に散々怒られました。お弟子さん以外で多分一番怒られたと思うんです。

いとう そうなんだ?

呂勢太夫 僕のこと探すんです、怒ろうと思って。

いとう あはははは。

呂勢太夫 僕が悪くなくても怒るんですよ。例えば、「弟弟子の何とかが悪い」って言って、「それを何で言ってやらないんだ」って言って、僕のとこに来て怒るんですよ。「水くさいやないか、何で言ってやらんねん」って。ええ、何で僕が?って(笑)。言われやすいんです、私。怒られやすいタイプ。

いとう そういうタイプか。

呂勢太夫 ええ。

いとう そう見えないけどなあ。



呂勢太夫 怒られやすいんですよ。本当に色んな人から怒られましたよ。言われやすい。

いとう でも、いいことじゃない。言われやすいっていうの。情報集まってくるでしょ?

呂勢太夫 そういう風に言ってくださる方は、そう言うんです。言ったらこいつなら言われたところを直すだろうと思うから言うんだっていう人もいますけど。言われる方にするとたまんないすね。

いとう いやまあ、そりゃそうだよね。いじめだもんね。

呂勢太夫 でもね、肯定するわけじゃないけど、多少のね、やっぱり、しょうがないですよね。

いとう ああ。

呂勢太夫 「結構です」「結構です」ってきれいごとだけじゃ難しい。

いとう バイアスがかかってないと、すぐにダメになっちゃう?

呂勢太夫 やっぱりある程度、そういう厳しさはやっぱり必要ですよね。

いとう 芸に関係あることで。そのダメ出しがパッて浮かんでくることもあるんですか、やってて? あ、そういえば言われたな、とか。

呂勢太夫 それはものすごいいっぱいありますよ。若い時って言われたことって意外と分かってなくて、

いとう うん。

呂勢太夫 長くやっていくと、「師匠の言ってたことってこれか」「これね」とかね。

いとう 「なるほど、こうやるってことなんだ」みたいな。

呂勢太夫 あと、人に教える立場になるとわかるんですよ。なんか稽古を頼まれて人の演奏を聴いていて、「この人のこれ、僕が言われてたのこれだ!」って。

いとう そうなんだよね。教えるって、すごく勉強になるんですよね。

呂勢太夫 すごく分かるんですよ。自分も言われてたことがあるんだけど、それを他人がやってるのを客観的に聴くと、「これ、師匠が僕に言ってたのはこれか!」ってね。すごく分かります。

いとう やっぱり、だから教えた側にもいいんだね。

呂勢太夫 ものすごい勉強になると思いますね。思い出しますよね。ああ、こんなこと言われたなって。あんまり言われない人っていうのももちろんいるんですけど、

いとう 怒られない人?

呂勢太夫 そうそうそう。嶋太夫師匠はよく、「お前にはね、特別な稽古してるんだぞ」って言って、「変なことをわざわざ言うな」って思ってたんですよ(笑)。で、「お前はね将来、人に稽古しなきゃいけないんだから、自分が覚えてそれで終わり、って油断してたらあかん、伝えていかないと」っておっしゃって。でも、今、自分の弟弟子に、「師匠こんなこと言ってなかった?」って訊いても、「いや、私言われたことありません」って。

いとう そうなんだ。

呂勢太夫 本当にそういうことを教えてくださってたみたいですね。

いとう 大事なことじゃないですか。それが体に詰まってるんじゃないですか。

呂勢太夫 言われ過ぎると不幸になりますよ(笑)。

いとう あはははは。

呂勢太夫 知らないっていうのはある意味幸せだと思いますよ。

いとう うん、まあ。でも、舞台に出てさ、そのおかげで語ってることもある訳だから。

呂勢太夫 それは財産だと思ってますけど。

いとう お客はそれを受け取って帰るんですよ。

呂勢太夫 きっと失ったものもあると思うんですよ。なんかね、もっと素直ないい人だったら、もっと幸せなのにって。

いとう それはまあちょっとしょうがないね、芸のうち。



(その5)へつづく

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