トピックス
【6月邦楽公演「現代邦楽名曲選」特別インタビュー】 三橋貴風(尺八演奏家)
「初演は作曲者と演奏者が力を尽くす共同作業」
三橋貴風
―国立劇場へ最初にご出演いただいたのは昭和57年『明日をになう新進の舞踊・邦楽鑑賞会』でした。
昭和57年(1982)12月国立劇場
『明日をになう新進の舞踊・邦楽鑑賞会』
「鈴慕
松巌軒所伝」
三橋貴風(以下、三橋) : よく覚えています。松巌軒所伝の《鈴慕》ですね。《鈴慕》は、全国各地の古典本曲を集大成した神如道(じん・にょどう)が最も大切にした曲の一つで、佐々木操風(ささき・そうふう)先生からお習いしました。
尺八の長管は、それまで二尺四寸管が用いられることが多かったのですが、私はより低音の方がこの曲の音楽性が生きると思ったので、二尺七寸管で演奏させていただきました。精一杯吹きましたら、会場にいらした佐々木先生から、お褒め頂きまして。それまで一度も褒められたことがなかったので、嬉しかったです。
―どのようにして佐々木先生に師事されることになったのですか。
佐々木操風
三橋 : 実は、私の音楽活動は洋楽からでして。5歳の頃に祖母からヴァイオリンを与えられまして、子供の趣味として楽器を触るようになったのです。その後、中学時代にはブラスバンドでトランペットを吹きました。高校では、自らジャズバンドを結成し、グレン・ミラーなどをよく演奏しましたね。
その後、大学に進学することになったのですが、大学のビックバンドはレパートリーとサウンドに馴染むことができずに、その後クラシックのオーケストラのサークルに所属することになったのです。
しかし、部室の向かいから聞こえてくる尺八の音色に興味を持って、尺八サークルへ。この時、オーケストラサークルでは、設立以来はじめての海外公演も決まっていて、私もレギュラーの一員であったために非常に迷惑を掛けてしまいました。当時の尺八の先生が佐々木操風先生です。
―その後どうされたんですか。
三橋 : この頃は「学生三曲連盟」が非常に盛んな時期でして、演奏会では唯是震一(ゆいぜ・しんいち)や船川利夫など意欲的な新作がたくさん上演されていました。また「NHK邦楽技能者育成会」にも実力のある若手の方々が揃っていて、皆で切磋琢磨しましたね。70年安保の真っ最中、次第に演奏活動が忙しくなり、内定していた就職先にも一度も勤務することなく辞退することになりました。
こうして、大学を卒業した1972年4月、「日本音楽集団」の研究団員としての活動が始まったのです。すると、どうでしょう。同年9月から集団創設以来初めての海外公演を控えていたのですが、その渦中に横山勝也さんが退団されることになったのです。横山さんは当時《ノヴェンバー・ステップス》のソリストとして、既に欧州で活動されていましたから、集団の一員として、しかも長管パートとして参加することに難色を示される向きもあったのでしょう。そのため、急遽尺八パートに参加することになりまして、7ヶ国17都市19公演、会場設営なども行いながら本番も演奏するわけですから、本当に大変な海外公演デビューとなりました。
―それは大変でした。
尺八ゾリステン
「ムーンライト・セレナーデ」
三橋 : アンサンブルとしての演奏は、引続き日本音楽集団を中心に活動していきました。
70~80年代は日本音楽集団が最も勢いのあった時期で、様々な経験を積まさせていただきました。他にも、今でいうライブ活動というのでしょうか、歌声喫茶やシアターレストランを貸し切ってソロ演奏会を開催したり、「GAKU」演奏グループを結成したり、さまざまな活動を展開しました。長澤勝利の《樹冠》は、GAKUの委嘱作品の一つですね。
また、1979年頃には尺八だけのグループ「尺八ゾリステン」を結成し、グレン・ミラーの曲をカバーしたレコードも発売しました。《ムーンライト・セレナーデ》などをシャープ&フラッツと一緒に共演させていただきました。
そして、1980年には、第一回リサイタルを開催します。根笹派錦風流「通里・門附・鉢返」、松村禎三「詩曲」、諸井誠「竹籟五章」、柴田南雄「霜夜の曲」、唯是震一「協奏曲第三番」というプログラムで、1980年「文化庁芸術祭優秀賞」を授賞させていただきました。
―その後、国立劇場のシリーズ「現代日本音楽の展開」にも昭和61年から多数ご出演いただきました。
三橋 : (国立劇場主催公演への出演歴を見て)こんなに出ていましたか。山川さんには大変お世話になりました。どれも想い出深い作品ばかりで懐かしいですね。例えば、平成8(1996)年佐藤聰明「第十四回現代日本音楽の展開」《海峡》はとても難しかったのを覚えています。佐藤先生は音になるかならないか、というギリギリのところを攻めてくるんですよ。ピアニッシモ、ノンビブラート、ロングトーンというのに苦労しましたね。
平成8年(1996)6月国立劇場 「海峡」
三橋 : また、西村朗先生の「第十五回 現代日本音楽の展開」平成9(1997)年《時の陽炎》もよく覚えています。沢井一恵先生の十七絃を向こうにして大劇場での大合奏、壮快な曲でした。これは後に、編曲し直しまして、カメラータからCDでも出版させて頂いております。
平成9年(1997)6月国立劇場 「時の陽炎」
三橋 : あと、これは余談ですが、九死に一生を体験した舞台もありました。平成26(2014)年「日本音楽の光彩」湯浅譲二先生《舞働―デルフィのための儀式より》ですが、本番の少し前に体調を崩してしまったのです。
なんとか本番までは乗り切れるだろうと思っていたのですが、楽屋で控えている時に、一気に体調がわるくなってしまいまして。失神寸前で舞台に立ったのですが、曲の御蔭でしょうか、緞帳が上がっていく数秒前に、ようやく正気を取り戻し、なんとか舞台を勤めることができました。実は急性胆管炎だったのですが、後日オペをして無事治癒しました。
平成26年(2014)6月国立劇場
「舞働―デルフィのための儀式より―」
―これまで数多くの初演をつとめてこられています。
三橋 : 再演もそうなのですが、初演の場合は特に作曲家との「共同作業」が求められます。演奏できるかできないか。初演者として楽器の機能上の限界を作曲家に提示しなければなりません。世に新しい作品を送り出すには、作曲者と演奏者両者が力を尽くして挑戦するのですね。お互いが持てる知識や技術を超越し、ともに模索を重ねて行くことが大切です。作曲家と演奏家が呼応すること。それによって、ようやく音楽としての進化が見えてくると思います。
―三橋さんは、尺八琴古流と現代曲の他にも、普化尺八も修めておられます。
岡本竹外
三橋 : 1974年から岡本竹外先生にも師事させていただきました。岡本先生は、明暗寺対山派の桜井無笛先生、根笹派錦風流の成田松影先生、越後明暗寺の斎川梅翁先生から曲を伝承した先生で、お稽古の初日に膨大な量の本曲譜をお渡しくださって、「これを学びなさい」と。
普通、自分が精魂尽くして集成したものを、いともたやすく他人に見せますか。尺八という楽器に蓄積された精神性、文化的・宗教的な背景というのは、普化尺八を通じて体得していったところが大きいかもしれません。
―最近の尺八界について。
三橋 : テクノロジーが発達してしまったために、見失われかけているものもあるように思います。
例えば、尺八の調律方法がそうでしょう。尺八には5つの指孔がありますが、その孔の空け方は伝統的に「九半割り」「十割り」「十半割り」他という方法で行われていたんですね。一本の竹の長さを特定の間隔で分割、損益して指孔の位置を決めるという方法ですが、一本一本の長さや形状に基づき製管していたために、それぞれの音に個性があったんですよ。
昔は、この音は横山勝也先生、この音は青木鈴慕先生というように、一節フレーズを聴いただけですぐに分かりましたね。
しかし1974年頃にチューナーが発売されてから、次第に尺八の調律にもチューナーが使われるようになりまして、90年代にはすっかりほとんどの尺八の製管方法がチューナー頼みになってしまいました。それと同時に製管法も発達し、よく鳴るようにはなったのですが、楽器の個性というものが失われてしまったように思います。のみならず、古典本曲を演奏する際にも不具合が生じて参りまして、伝統的な調律方法だったら、三孔が若干高いので、従来の運指でよかったのですが、今の楽器で同じ運指で演奏しても、本来の古典本曲の特殊な音が出ない。当り前ですよね。
演奏方法のみを習得するのではなく、楽器の歴史的な変遷とそれに対処する裏技的な技術等も含めて伝承するという姿勢が重要だと考えています。
それにより、歌詩のない楽器による演奏のなかに、より多くの言葉を表現出来るようになるのではないでしょうか。
―最後に一言。
三橋 : 一般に、音楽をカテゴリーやジャンルで区別されることが多いと思います。クラシックならクラシック、ジャズならジャズっていう風に。ですけれども、そうした分類でアーティストを評価するのではなく、その人のもっと深いところにある音楽性を認めていただけるようになるといいのかなと考えています。邦楽も、ただ伝統音楽というカテゴリーではなく、過去・現在・未来を含めた日本の音楽を扱っているということで捉えていただけたら有難いですね。
<プロフィール>
三橋貴風
(みつはし・きふう) 尺八演奏家
尺八琴古流を佐々木操風、普化尺八古典本曲を岡本竹外に師事。
1980年「三橋貴風 第一回リサイタル」で文化庁芸術祭優秀賞を受賞。1981年大阪文化祭賞、1992年第10回中島健蔵音楽賞、ソロCD「竹林奇譚」により文化庁芸術作品賞を受賞。2009年、文化庁芸術祭大賞を受賞。2010年文化庁芸術選奨文部科学大臣賞、横浜文化賞を受賞。2011年紫綬褒章受章。
また、海外の交響楽団との公演も数多く、2013年にはBBC交響楽団、2014年にはバルセロナ・フィルハーモニーオーケストラや国立リヨンオーケストラと協演。
普及用の合成樹脂製尺八、うちなー尺八を開発。琴古流尺八貴風会家元。
【公演情報】
6月邦楽公演「現代邦楽名曲選」 公演の詳細はこちらから
Copyright (C) Japan Arts Council, All rights reserved.