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国立文楽劇場

恋はdoing 愛はbeing

たきいみき

通し狂言「妹背山婦女庭訓」の締めくくり。

4月に三段目までを拝見した時には、歴史的RPG感と恋愛の成就出来なさ感の二重構造にこの先どうなるのかしらぁっ!!(ストーリーを知っているのにも関わらず!)8月待ち遠しいわ! と“オラ、ワクワクすっぞ”レベルMAXで是が非でも拝見したく、なんとか千穐楽に滑り込みセーフで観劇叶いました。

そして8月。
私ごとで恐縮なのですが、只今、令和5年9月の谷崎潤一郎「お艶殺し」の舞台公演に向けてお稽古真っ盛りなのでございます。

この作品の稽古を通して、出演者同士のディスカッション中に
「『恋』は欲求であり、運動(doing)なんですよね。だけれども『愛』となるとそれは状態(being)になる」なんて話が出ました。

四段目の主役お三輪さんはまさにそれを体現しているように感じました。

恋しい相手を求めて求めて人生を前進させていく姿が鮮やかであり破滅的で勘十郎師の色気が相まって力強く運動していき、それが高まって嫉妬に狂って追い縋っていく様。
そこから一変、愛しい求馬のために命を差し出すことを受け入れた途端に来世で結ばれることを夢見て息絶えて儚く昇華していく時に彼女の中で恋が愛に変わっていく様。
これらが美しく見てとれ、お三輪の魂が輝くようでした。

実は私の人生初文楽観劇はこの四段目の「道行恋苧環」〜「金殿の段」と伊賀越道中双六の「沼津の段」なのでした。
お三輪を簑助師が遣っていらっしゃいました。
沼津の段は住太夫師と初代玉男師のタッグで号泣したことを鮮明に覚えています。

おそらく、ミュージカル好きなJKだった私が「文楽って、和製ミュージカルやん!」と感じて嵌りこんでいった最初のポイントが「道行恋苧環」だったと記憶しております。
It’s SHOW TIME 、コンサート、構図の美しさを見せるエンターテインメント場面で、今回も素敵でした。

だけれども。
若かった頃はビジュアル的な美しさや、義太夫節のエネルギー、人形の動きの巧妙さのみに心奪われていましたが、今考えるとストーリー的には「なんでやねん(怒 !)」です。

今回もお三輪の内的な変化や狂気、エネルギーが全て素晴らしいのです。
恋の欲求と運動が彼女に不実な恋人の後を追わせ、忍び込んだライバルの住まいの御殿で女官たちに散々苛められ嬲られたが故の、恋敵への許せなさ、怒り、そしてなんでこんな思いをしなきゃいけないのかと言う悲しさの原因こそが恋ゆえと、想いが渦巻いていく様はドラマティックで火花の散るような生き様が見えて泣けてきてしまいます。
さらにはもう1人の恋する乙女、橘姫もたおやかながら、恋しい人の手に掛かるなら本望! と覚悟を決める潔さがカッコいい。
恋に突っ走る2人の女性の姿には「恋した時ってそうよね、私にも覚えがあるわ」と気持ちを寄せてしまいます。
女子たちがキラキラと大活躍なのです。

でもさでもさ、求馬さんよ。

何したはるんですかーーーー?(憤怒 !)

お三輪の恋を受け入れていたにも関わらず、橘姫の心意気に感心したから「入鹿の刀を盗み出してきたら結婚してもいいよ」とはいかなことでしょうか(激怒 !)

求馬さんの人の心の無さに驚愕です。
国の為、大きなことの為ならば何をしてもいいのですか。

そして、「嫉妬深い女の生き血」が入鹿の魔力を弱体化させるので必要という筋書きだけれど、嫉妬深い女と、嫉妬をさせられている女、ではだいぶニュアンス違うのではないでしょうか。
橘姫との結婚を機にお三輪に嫉妬の炎を燃やさせるのが、もしもこれが求馬の作戦だったならばもう許せない範疇Death.です。

公演は素晴らしい、演技も素晴らしい、
でも何、このモヤモヤ感!!! と思っていたら、隣でご覧になっていた10代と思しき若いお嬢さんが一言、
「キモチワル」

そうね、
そうなのよ。

いくら入鹿が退治されて世の中に平和が戻りました、となっても全然気持ちよくないんです。

どうしよう、この気持ち。
そうだ、第三部も見よう、と咄嗟に思い立ち居残ることにいたしました。
「夏祭浪花鑑」も決して気持ちのいいお話ではないとは分かりつつ、これも稽古中の「お艶殺し」のクリエイションに役立つのでは! との色気もあり、

結論を申し上げますと、

観てよかったです!!

殺しに至るまでの抑制と爆発してからの動物的なエネルギー、構成の緩急、殺しそのものを魅せる手法の豊かさ、「殺す」というアクションだけで10分近く持たせるのは並大抵のことでないのです。
これは長きにわたって積み重ねられた叡智の結晶だと心の底から敬服いたしました。

そして千穐楽スペシャルかしらと思われるほどの神輿の熱気。
これでもか、これでもかと弾ける掛け声のパワーに、
「殺し」と「恋」の共通点を見出したような気持ちになりました。

■たきいみき
舞台女優。大阪生まれ。
主演作に「黒蜥蜴」「ふたりの女」「夜叉ヶ池」(演出:宮城總)、「令嬢ジュリー」(演出:フレデリック・フィスバック)など。野田秀樹作、オン・ケンセン演出「三代目、りちゃあど」では歌舞伎や狂言、バリ伝統影絵などジャンルを超えたメンバーと共演の他、クロード・レジ「室内」、オマール・ポラス「ドン・ファン」など、海外の演出家とのクリエーション作品も多数。本年度は谷崎潤一郎「刺青」「お艶殺し」、「人形の家」他に主演。

(2023年8月13日第2部『妹背山婦女庭訓』、第3部『夏祭浪花鑑』観劇)