芸術文化振興基金助成事業令和4年度助成事業事例集
アジア漆工芸学術支援事業実行委員会(助成金額:2,000千円)
左上:展覧会会場風景1、右上:展覧会会場風景2、
左下:来日した出品作家一同、右下:来日作家Sha Sha Higbyによるパフォーマンス
日本及びアジアの国々では、日常の家具や食器として、また仏像や寺院の建造物などの祈りの場所で、常に漆が使用されてきた。化学塗料や樹脂など様々な素材が生み出されている現代にあってなお、漆芸家たちは敢えて手間も時間もかかる漆を使用し、その装飾と造形を追求し続けているのには、天然素材ならではの魅力と表現、伝統、無限の可能性があるからに他ならない。
しかし世界の漆産業は人々の生活環境の変化に伴い低迷の一途をたどっている。気候変動や感染症により私たちの生活が一変した今日、東南アジア各国では、コロナ禍による物流や経済の不安定な状況に加え、困難な情勢に置かれる国においては、漆産業は厳しい状況に直面している。
東南アジアの漆芸の伝統と造形の可能性、多様な装飾の素晴らしさを発信するとともに、漆の作品が発する静寂さと深遠さ、伝統と現代のつながり、そして日本と各国との相互理解を深め、平和への祈りを発信したいと考え、タイ、ミャンマー、ベトナム、カンボジア、ラオスに加え、東南アジアに関わりを持ち活動をおこなっている日本・フランス・アメリカ・ウクライナの作家の作品約70点を展示した。また、シンポジウムとして、ギャラリートーク、ビデオインタビュー、ビデオ技術公開、ビデオアーカイブの公開を行った。また、出品作家によるダンスパフォーマンスや、茨城県大子町への漆掻き見学など活動は多岐に渡った。
アジア漆の造形と祈りー東南アジアの漆ー展ポスター
この度の東京での事業を開催できたことは喜ばしいことであるが、計画当初は2020年の9月に世界の漆展として開催する予定であった。新型コロナウイルス感染症の世界的な大流行により、延期そして中止を余儀なくされ、規模を縮小し東南アジアに絞った内容にて再構成しての開催となった。新型コロナウイルスは、私たちに大きな影響を残した。東南アジアの漆工芸家や漆職人にとって、その影響は壊滅的と言える。これらの国々では、国内外からの観光産業が姿を消し、観光業に依存していた多くの職人は、漆器制作も継続が困難な状況に陥った。互いの国を訪問することができない間、ZoomやSNSによるオンラインでの活動、情報交換と交流を継続することができたことから、当事業ではビデオによる資料を充実させた。公的な機関からの助成による運営面でのサポートや情報発信の波及が、活動の大きな支えとなった。
左:東南アジアの漆芸技術公開ビデオ、右:茨城県大子町への漆植栽地・漆掻き見学
助成金の活用により、充実した内容のビデオ資料・掲示資料の制作、宣伝・印刷物の作成、展示作品の精選をした。東南アジアの現代漆芸の伝統と造形を一堂に紹介することは日本で初めてのことであり、造形の可能性、多様な装飾の素晴らしさを発信することができた。11日間で3126名以上の来館があった。来館者によるSNS等での発信もされ、多くの方に興味関心をもってもらえたと感じている。また、外国から11名の作家(タイ・ベトナム・ラオス・アメリカ)が来日し、日本人作家とともにギャラリートークを行うなど活動を通し、日本と各国との相互理解を深め、共に平和への祈りのメッセージを発信することができた。
元来、東南アジアでは日常使用する笊や籠などを長きに渡り使用するために漆が用いられてきたが、それだけではなく、崇高さと精神性を込めて仏像・仏具・供物器など「祈り」の場面で使用されてきた。この3年間全世界の人々が翻弄されてきたコロナ禍に加え、軍事クーデターや戦争が起り、漆工芸に携わる人々の中には、不条理な状況に立たされている人も少なくない。「祈り」の場面で使用されてきた漆の造形を通して、平和のための祈りのメッセージとなることを願い、継続して活動を行っていきたいと考えている。”漆”は人々を結び繋げることができる魅力的な素材なのである。
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