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文楽かんげき日誌

文楽鑑賞

ほし よりこ

人に操られた人形が物語を演じるとき、人は人形の中に生き物がもつ以上の生命や魂を感じる事ができるような気がします。文楽の舞台では人間が使うよりも少し小さな建物、小道具、あるいは木々などが設えられています。
 そのなんともいえない丁寧な愛くるしさも観劇の楽しみでしょう。それらの中に壮大なドラマを見いだし、人形が健気に人の人生を演じる姿に我々の心は惹き付けられていきます。

大夫の語りと三味線のリズムにより、物語はリードされ、観客も舞台の世界へ引き込まれていきます。

三人の人形遣いの存在は、人形以上に大きいにもかかわらず、人形があやつられているとき、一瞬見えなくなるようです。
 しかしながら、人形の微妙な表情、感情、そして細やかな仕草に魅了されるとき人形遣いの動きの美しさも同時に観て楽しむことができます。

人形の手の動きの細やかさにより、感情や、内面が繊細に表現されます。またちょっとした指先の仕草などに、登場人物の職業や性格を窺い知る事ができます。

人形遣いの抑制された所作は、どの瞬間にも絵になる美しさだと私は思います。

大夫の感情のこもった語りは登場人物の感情を狂おしいように謡いあげ、もともと無表情な人形の顔に感情がこみ上げてくるように見えます。
 そして一生懸命な大夫の表情を観る事でさらに情景が盛り上がります。

「塩谷判官切腹の段」では、切腹の所作一つ一つが厳かで、武士の作法を観るこちら側にも緊張が走り、会場は静まり返ります。観客も息を殺すように切腹を見届けるのです。
 人形が死ぬとき、それは本当に魂が抜けるように、まるで抜け殻のような悲しさと儚さが場内に漂います。

塩谷判官の家来、早野勘平と、顔世御前の腰元おかるの悲しい恋物語も、この通し狂言では重要なドラマとなっています。
 勘平はおかるの実家で猟師となって、御用金を調達しようとしますが、猪を撃ちに出かけたとき、その少し前に泥棒に殺されたおかるの父を自分が誤って撃ち殺してしまったという誤解からこの家では不幸がおこります。

突然舞台の左端から右端へかけぬける猪。文楽の人形はかわいらしく、動きがすばしっこいものもあるので、見逃せません。

夫を殺されたと誤解して恨む、おかるの母。このあと、勘平は切腹してしまいますが、おかるの父は強盗に殺された事が発覚。

年老いた母親は夫も、頼りにしていた娘の恋人にも死なれ、この先どうしていいのか路頭に迷う事になります。
 文楽はこうした誤解の末の悲劇がたびたび描かれ、人形の可哀想な姿に観客は運命のいたずらを恨み、悔し泣きをしてしまうのでした。

■ほし よりこ
漫画家。1974年生まれ。2003年7月より「きょうの猫村さん」をネット上で連載。2005年7月に初の単行本『きょうの猫村さん 1』を出版し、現在『きょうの猫村さん 6』まで出ている。また、雑誌『クウネル』で「B&D」を連載中。2010年5月には『カーサの猫村さん 1』を出版。現在『カーサの猫村さん 2』『カーサの猫村さん 旅の手帳』も販売中。著書は他に『僕とポーク』、『山とそば』、『赤ずきん』(文/いしいしんじ 、絵/ほしよりこ)『来ちゃった』(文/酒井順子 絵/ほしよりこ) などがある。関西在住。

(2012年11月12日『仮名手本忠臣蔵』(大序~六段目)観劇)