新春は華やかで賑やかなのが良い。年の初めはそんな気持ちになるものです。初春文楽公演第1部は、午前11時から午後3時までの上演です。お昼休憩が30分あって、ロビーで美味しいものを食べるのも楽しみのひとつ。文楽劇場へ行く前に、デパ地下で、おこわ稲荷や柿の葉寿司を購入。お茶は劇場内の売店で熱いのを買うつもりです。
開場は10時30分。大勢の人が玄関前の門松で笑顔で記念撮影しています。1階エントランスホールに、正月飾りの「にらみ鯛」が、レプリカの鯛2尾であつらえてあります。舞台の上には大きな「にらみ鯛」の飾り物が上がっていて、席につくまでにもう華やかな気分になりました。
「春風に浮かれ浮かれて花の廓(さと)」
豊竹睦太夫さんの明るい声で開幕です。赤い振り袖姿の少女が並んで踊る『二人禿』。「禿(かむろ)」とは遊女見習いの女の子のことです。島原遊廓の禿たちが踊ります。人形は、吉田一輔さんと桐竹紋臣さん。かわいい仕草に、今に通じる空気を感じました。いつの時代にも変わらない普遍的な子供の所作なのか、現代的な動きも取り入れているのか。伝統的な様式美にリアリティを感じた『二人禿』です。
『伽羅先代萩』は、「先代」が「仙台」を暗示しているとおり、仙台伊達家のお家騒動を元ネタにした舞台です。藩の権勢を奪おうとする悪い家臣たちと、阻止しようと奮闘する良い家臣たちとの緊迫した争闘劇。文楽で掛かるのは「竹の間」、「御殿」、「政岡忠義」の段で、主人公の政岡も、悪役の八汐、栄御前も女性。女たちの争闘劇です。武家が舞台の時代物で女性ばかりが登場するのはなぜなんだろう。そんなことを考えてしまいます。この作品は、先ず歌舞伎に出て、それを江戸の浄瑠璃が舞台に掛けたものだとか。当時の歌舞伎界では女形役者が人気を博していて「女」の競演が流行っていたのかなあ。勝手な空想ですが。
幼い鶴喜代君に迫る暗殺の魔の手。乳人・政岡が女手ひとつで守ります。襲い来る最大の危機を、実の子・千松を犠牲にして防ぐ。
主家を守るために我が子を犠牲にし、「でかした、ようやった」と涙にむせぶ。「義理と人情」の板挟みに泣くのが江戸期のドラマですが、今の時代、「自分の子供は最優先で守るやろ」、「絶対に他の解決法考えるわ」と物語の設定自体に引いてしまうかもしれませんね、事前にあらすじを予習すれば。
いえいえ、ところが、実際に「生きた」政岡の真面目で凛々しい人柄を目の当たりにすると、「さあ、どうする」、「ああ、こうするしかないな」とすっかり感情移入してしまい、政岡の悲痛に心がうち震えます。我が子千松が毒入りの菓子を食べ八汐に襲われた時、とっさに鶴喜代君を抱いて隣りの部屋に匿い、戸を守る政岡の姿。怒濤のように荒れる内心の葛藤が伝わってきます。人形は吉田和生さん。政岡を助ける聡明で行動力のある沖の井は、吉田文昇さん。すらりとしてかっこいい。沖の井を主役にして名探偵ミステリのスピンオフができそうです。
悪役にも注目です。栄御前と八汐。幕府方の栄御前には政争や権謀術数は朝飯前。目の前で子供が惨殺されても冷厳に政岡の態度を観察する恐ろしい大ボスです。
実行犯の役割を果たすのが、八汐。悪い家臣・錦戸刑部に仕える渡会銀兵衛の女房で、政岡を陥れようと仕組んだり、毒入り菓子を食べた千松を刺し殺したり、なりふり構わず悪行を繰り広げます。落ち着きなくネガティブ攻撃を仕掛ける、現代でもいそうな悪意の人?夫の銀兵衛やその上司・刑部のためなのでしょうが、八汐の悪意は、誰かのため、何かのため、という大義名分ではおさまらない。もっと深層にある「悪」に突き動かされているようです。菓子を口にして苦しむ千松を殺すのは毒殺計画を隠蔽する目的ですが、わざわざなぶり殺しにするのは酷い。自分の行為に血がのぼってエスカレートしてしまった、というより、他人の苦しみに罪悪感や精神的苦痛を感じないで愉しんでいるタイプに見えて、ゾッとするのです。八汐は暴走した挙句に自滅してしまうけれど、いやあ、近所におってほしくないタイプでした。栄御前は吉田簑助さん、八汐は桐竹勘壽さんです。
「竹の間の段」は竹本織太夫さんと竹澤團七さん、「御殿の段」は竹本千歳太夫さんと豊澤富助さんでした。「御殿の段」はストーリーが先へ展開しないのですが、ここで政岡と二人の子供とのやりとりをじっくりと見せるからこそ「政岡忠義の段」が盛り上がるのですね。子供になりきった千歳太夫さんに思わず目がいっておりました。切の豊竹咲太夫さんが休演ということで、織太夫さんが鶴澤燕三さんの三味線で語りました。「竹の間」も語ったうえでの熱の籠った舞台にぐいぐい引き込まれました。
波乱万丈の『伽羅先代萩』の後は、夫婦愛をしみじみと描いた『壺坂観音霊験記』です。「土佐町松原の段」を豊竹亘太夫さんと鶴澤燕二郎さん、「沢市内より山の段」を豊竹靖太夫さんと野澤錦糸さん、豊竹呂勢太夫さんと鶴澤清治さん、鶴澤清公さん。人形は、お里が吉田簑二郎さん、沢市が吉田玉也さんです。
お互いを深く思い合うお里と沢市の姿を、いいなあ、と安心して観ていました。観音菩薩の救いが示現するラストにもほのぼの。晴れやかで、初詣をさせていただいた気分になります。
■三咲 光郎(みさき みつお)
小説家。大阪府生まれ。関西学院大学文学部日本文学科卒業。
1993年『大正暮色』で第5回堺自由都市文学賞受賞。1998年『大正四年の狙撃手(スナイパー)』で第78回オール讀物新人賞受賞。2001年『群蝶の空』で第8回松本清張賞受賞。大阪府在住。
(2019年1月5日第一部『二人禿』『伽羅先代萩』『壺坂観音霊験記』観劇)
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