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国立文楽劇場

特別企画 対談:仲野徹×くまざわあかね
「祝!六代豊竹呂太夫襲名」

仲野
「今回、二日目の4月9日第一部を観劇したんですが、劇場前の桜がきれいに咲いてましたなぁ」
くま
「夜になると一段ときれいでした。仲野先生は昨日の初日もご覧になったんですよね。今日と比べてどないでした?」
仲野
「昨日の口上は、呂太夫師匠が笑うてはるのが分かったことが一番おもしろかった(笑) 肩がね、ずーっと揺れてるんですよ。二日目ともなると、さすがに揺れてませんでしたけども。文楽の口上って真面目なイメージありましたけど、今回はお師匠ハンのファンキーで親しみやすい雰囲気がよく出てましたね」
くま
「まさか勘十郎さんや清治師匠まで笑いを入れて来はるとは思ってなかったので、かなりビックリしました。呂太夫師の愛されるお人柄の賜物でしょうか」
仲野
「あの笑いで緊張が取れてリラックスしはったんかなぁ。初日、床が回って出て来られたときもヘンに『襲名初日!』という力みもなしに、いつもと同じような自然体の感じにお見受けしました」

『菅原伝授手習鑑』について

くま
「『菅原伝授』も、この通しいいですよね。松王や千代の立ち位置もよくわかりますし。『桜丸切腹の段』も、文字久太夫さんの語りがよかったです」
仲野
「そう、情があってね、本当に良かった。「寺入り」を呂勢太夫・清治師匠のお二人が担当されるのも贅沢ですよね。やっぱり襲名ならではの配役なのかな」
くま
「また「寺子屋」が、見るたびによく出来た芝居やなぁと思わされます。一難去ってまた一難、ものすごくドラマティックで」
仲野
「「寺子屋」で泣いてる人いましたけど、ぼくあれが不思議でたまらない。ストーリー知ってて泣くかなぁって思いません?」
くま
「いやいや、芸の力ですやん(笑)! それと、自分の境遇~たとえばお身内を亡くしたとか、そういうことを重ねて泣かはるのとちがいますか?」
仲野
「ぼくの文楽のバイブル・橋本治さんの『浄瑠璃を読もう』にも、昔は子どもの死が身近によくあったので、こんなストーリーが流行ったとありました。確かにいま、寺子どもが死ぬ』ということが実感として分かりづらくなってますよね」
くま
「あと、今回とくに思ったのがラストの『いろは送り』、特別きれいでしたね」
仲野
「あ、ぼくもそれ思いました。様式美的な悲しさがすごく感じられて。いつもにも増して、きれいでした」
くま
「松王と千代も、悲しみのあまりあの白装束のまま死んでしまうんやないかと、『いろは送り』があの二人の道行のようにも見えたんです」

義太夫あふれる街に

くま
「私も仲野先生も呂太夫師の素人弟子なんですが、『いろは送り』も以前お稽古していただいたことがありまして。自分で語ってみて初めて、聞きどころやしんどい箇所が分かってきました」
仲野
「義太夫て、ただ床本を読むだけなのと、お稽古を重ねるのとでは理解度が全然ちがってきますよね。目で読んでも語っても言葉の意味は一緒やん、って思うんですけどちがう。字面は変わらへんのに、語りがつくことで『こういう意味やったんか』と気付くことがありますもん」
くま
「そう、そうなんです!書いてあるのは普通の言葉なのに、メロディーがついてそれが自分の身体を通ることで『あ、ここはこんなに悲しい場面だったのか』と腑に落ちるんです」
仲野
「みんなもっと習うたらえぇのにね」
くま
「昔は、落語の中にも義太夫のパロディが出てきたり、お稽古に通ってたり、もっと日常に当たり前のように身近やったんたでしょうね。それこそ『寺子屋』だったら一字一句知ってるぐらいのレベルで」
仲野
「もっと街に義太夫があふれるぐらいになったらえぇのになぁ。及ばずながらぼくらが、町中『ととさんの名は~』とか語りながら歩いてみません?」
くま
「わーー、先生それ逆効果になりません(笑)?」

脳科学と義太夫

仲野
「今回襲名に際して出版された『六代豊竹呂太夫 五感のかなたに』。これおもしろい本ですよね。なんというか『ここまで語っていいの?』というぐらい、正直。二十歳すぎてからこの世界に入らはったんですけど、そのときのことも『義太夫はやったことなかったですけど、なんかできそうな気がした』って書いてらして」
仲野
「けど、脳科学の世界ではおもしろい考えがありまして。赤ちゃんというのは、ゼロの状態からスタートするんじゃなくって、いろんな能力を持っている。たとえば、英語の『RとL』の発音を聞き分ける能力は全人類が持っているはずなんやけど、日本人はその部分の脳を使わないので能力が失われていく、と。
そういう意味で、呂太夫師匠は小さいときおじいさんの若太夫さんと一緒に暮らしてはったから、太夫になるのは二十歳越えてて遅かったけど能力は失われずに残ってたのかな、と」
くま
「なるほど!」
仲野
「ほんまはお客さんもみんな、義太夫聞く能力持ってるはずなんやけど、聞く機会がないから能力が失われていくのでは…ってこれあくまでも医学者としての意見やなくて仮説ですよ(笑)」

これからの呂太夫

くま
「これから、呂太夫師匠のどんな演目が見てみたいですか?」
仲野
「ぼくら弟子からすればなんでも好きですけどね。なにが一番好きかな…前に東京で見た『不破留寿之太夫』。ラストの台詞「名誉とは何ぢゃ。言葉ぢゃ。」が、すごく良くってね。キザになりすぎず、かといってフラットでもなく、今だに耳に残ってますね。お師匠ハンの明るいキャラにも合ってると思うし、大阪でやってもウケると思うんやけどなぁ。
あと、素浄瑠璃で聞いた『和田合戦女舞鶴』市若初陣」
くま
「私もこの演目は前から見たいと思ってました。勘十郎さんが板額を遣わはったらどんなにか…と妄想しますね。
呂太夫師匠では素浄瑠璃で聞いた『入間詞長者気質』が見たいです」
仲野
「さっきから出てるの喜劇系が多いですけど、お師匠さんは明るいしそういう演目が似合わはるのかな。落語を元にしたもの、なにか書かはったらえぇんとちがいます?」
くま
「いいですねぇ。これからますます活躍なさるためにも、お師匠さんには長生きしていただかないと」
仲野
「健康で長生きしてもらって、人間国宝になっていただいて。そしたらわたしらも『国宝の弟子』て自慢できますやん」
くま
「国宝にならはった途端、出来の悪い素人弟子は『足切り制度』で放り出されたりして」
仲野
「げげっ(笑)」

■仲野 徹(なかのとおる)
大阪大学大学院、医学系研究科・生命機能研究科、教授。1957年、大阪市生まれ。大阪大学医学部卒。内科医として勤務の後、「いろいろな細胞がどのようにしてできてくるのか」についての研究に従事。エピジェネティクスという研究分野を専門としており、岩波新書から『エピジェネティクス-新しい生命像をえがく』を上梓している。豊竹英大夫に義太夫を習う、HONZのメンバーとしてノンフィクションのレビューを書く、など、さまざまなことに首をつっこみ、おもろい研究者をめざしている。

■くまざわ あかね
落語作家。1971年生まれ。関西学院大学社会学部卒業後、落語作家小佐田定雄に弟子入りする。2000年、国立演芸場主催の大衆芸能脚本コンクールで、新作落語『お父さんの一番モテた日』が優秀賞を受賞。2002年度大阪市咲くやこの花賞受賞。京都府立文化芸術会館「上方落語勉強会~お題の名づけ親はあなたです」シリーズなどで新作を発表。また新聞や雑誌のエッセイ、ラジオ、講演など幅広く活動。著書に、『落語的生活ことはじめ―大阪下町・昭和十年体験記』、『きもの噺』がある。大阪府出身。

(2017年4月9日第1部『寿柱立万歳』、襲名披露口上、『菅原伝授手習鑑』観劇)