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文楽かんげき日誌

わが25年の春秋を

たきい みき

初めて観た文楽は、学校の芸術鑑賞の日。
わたしの誕生日でした。うれしかったんです。
だって。授業がなくなるんだもーん。
そんな、ごくフツウのコドモだったわたし。
なんの予備知識もなく観た第一印象は

「 お じ い さ ん 。 。 。 」
(失礼おゆるしください)

人形の横におじいさん、舞台の右には大きなお声のおじいさん、そのとなりに三味線ひいてる小さいおじいさん!!(重ねがさね、ごめんなさい)
かわいいお姫様のお人形の横におじいさんがいるのですもの。気になりますがな。ねぇ。

ところが場が進むにつれ、うたうように語られるセリフ、優雅な所作と踊り、三味線の音が時にロックだったりして、これ、和製ミュージカルやん!と子供心にワクワクしてきていた。
語りと三味線の熱い音色と、体温を持たないはずの冷たい人形の生きているかのような動き、その異なるエネルギーが生み出す劇空間に見入っていくうちに、おじいさんたちの姿はもう眼に入らなくなっていた。
最後の「伊賀越道中双六 沼津の段」では、泣いていた。大号泣で。
当時の公演記録を調べると「沼津の段 切 住大夫、5代目燕三、十兵衛玉男、お米簑助」
改めて見返して、なんとゼイタクな、初観劇だったんだろうと腰を抜かしました。
これが縁で、自分が舞台俳優の道を進むことになるとは夢にも思わず、その日はとっても素敵なお誕生日プレゼントをもらった気分で劇場を後にした記憶が今も鮮明に残っています。
以来、日参し、通いなれた文楽劇場にワクワクしながら今回もやってきました。

今回の錦秋公演、一番の驚きはなんといっても花道!
劇場に入ると、ででーんと見慣れない花道が横たわってるではありませんか!
ただでさえワクワクしてるのに、一気に期待度マックス。
30周年記念の新しい緞帳も目に鮮やか。

見どころは?と尋ねられると困っちゃうくらい、全部なんですよね。
珍しさでいえば、『勧進帳』。
なんたって、花道。松羽目。
始まって、まず、うわぁっとおどろく。
お能は、山伏が9人、お囃子地謡あわせて総勢20数人が三間四方の舞台でぎゅうぎゅうしてて、人の多さに圧倒されてしまうのですが、文楽も舞台上手の床に、太夫さん7人三味線7人の超大所帯!目一杯のぎゅうぎゅうです。
それだけでテンション上がります。
見た目にたがわず、その大音声も迫力満点でした。

弁慶の延年の舞は、暴れ馬のような人形と人形遣いさんたちとの格闘技のようで、こちらも息をつめてその闘いをみまもり、
花道を弁慶が筋斗雲にでも乗っているかのように去っていく(実際、空中に浮いてるし)姿に、「人間の役者には出来ない技だわぁ。」と感嘆しつつ、幕が下りたところで呼吸することも忘れていたための深ーぁいため息をはぁぁぁ~と漏らしてしまった。
楽なお役などひとつもないことは百も承知ですが、それにしてもこの弁慶のスペシャル感はすさまじく、見ているこちらもなかなかのカロリー消費だったと思います。
いつもは主遣い以外は黒衣なのが、弁慶は3人ともが袴をつけていらっしゃるのも珍しい。
舞台はナマモノ、ギリギリのところをいく延年の舞は、あぁ、もう1回見たい。

『日高川入相花王』はケレン味たっぷりでいつ観ても面白く、人形の顔が変化するのは何度観てもビクっとしてしまう…んですが、ふと、
「自分も時々あんな顔してるかも。。。」
と少し反省。ごめんね、ダーリン。

昼も夜も番組が、武家のお話『花上野誉碑』『増補忠臣蔵』、市井の人々のお話『恋娘昔八丈』『艶容女舞衣』、そして華やかでダイナミックな『日高川入相花王』『勧進帳』、とバラエティ豊かで、本当に特盛り全部乗せ!みたいな満足感。
でもリピートしたくなる中毒性も秘めているので、今回は特に早めのご観劇がお勧めです。

文楽の登場人物はままならない運命に巻き込まれながら、よく、泣くんです。
今回も、上演時間の4割くらい泣いてます(イメージ)。
でも湿っぽくない。
みんな、自分の大切な人の為に行動をしているからかもしれない。
だから、私も、泣いてしまう。
『花上野誉碑』のお辻の命がけの絶叫は今回一番の泣き処でした。
情熱的で、人情に厚い大阪人の気質。
他者に対する愛情のでっかさが凝縮されている、大阪の文化のひとつが文楽。
文化は土地につくといいます。
文楽は、大阪という土地に住む人々の人情と情熱が生んだんだなぁと改めて思いました。

テレビでも中継されて見れるけど、やっぱり、実際に劇場で太夫さんの声の響きを肌で感じ、三味線の音色に耳を澄まし、ちぐはぐな歯車に巻き込まれながらも必死で生きている人形の姿を目で見て、物語に泣いたり笑ったりするのが、いい。

『増補忠臣蔵』の若狭之助の言葉に、ハッとした。
「我二十五年の春秋を、朝には教訓の露を払ひ、夕には講説の星を頂き、昼夜旦暮の慈しみ。満足に思ふぞよ。これがこの世の見納めなるぞハヽヽヽヽめでたう出立いたせ」

わたしが初めて文楽を劇場で観たのが、セリフと同じ25年前。
一度きりの人生、今日という日、今という時間はかえってこない。
劇場で見るお芝居は一期一会、いつも見納め。
別れの名残に三千歳姫が弾く琴と三味線の力強く美しく哀しい音色が渦のように劇場内を包んで、さようなら、さようなら、と耳と肌に伝わってきた。

この「一瞬」がお客様の心の中に刻まれるとそれは「永遠」に昇華すると信じているから私は舞台が好き。
元気をもらった。
わたしもまた、精進を重ねていこうとおもう。

■たきい みき
舞台女優。文楽好きが高じて、舞台女優を志す。2001年より「ク・ナウカシアターカンパニー」、2006年より静岡県舞台芸術センターにて活動。主演作に「黒蜥蜴」「ふたりの女」「夜叉ヶ池」(演出:宮城總)、「令嬢ジュリー」(演出:フレデリック・フィスバック)など。クロード・レジ「室内」やオマール・ポラス「ドン・ファン」など海外の演出家との経験も多数。2016年は、Noism「ラ・バヤデール」(演出:金森穣)、野田秀樹作「三代目、りちゃあど」(演出:オン・ケンセン)に出演、国内外をツアー中。

(2016年11月6日第二部『増補忠臣蔵』『艶容女舞衣』『勧進帳』、11月7日第一部『花上野誉碑』
『恋娘昔八丈』『日高川入相花王』観劇)