文楽にしろ歌舞伎にしろ狂言にしろ、大衆芸能であるのだからどんなにシリアスなストーリーであっても、ときどき笑いを挿し入れてくる。それも、ここでか! という場面で。
「源平布引滝 九郎助住家の段」の最後のくだり。母の死を乗り越えて成長する少年・太郎吉が、大義によりやむをえずその母を殺した実盛を討ち取ると言い出す。と簡単に説明したが、筋がかなり入り組んでいてこんなに単純ではない。なんにしろ、シリアスな場面である。
実盛は、いろんな言い逃れを垂れる。 「天晴れ天晴れ。さりながら、四十に近き某が、稚き汝に討たれなば、情けと知れて手柄になるまい。〈中略〉成人して義兵を挙げよ。その時実盛討手を乞ひ請け、故郷に帰る錦の袖翻して討死せん。まずそれまでは、さらばさらば……」
しかし太郎吉は食い下がる。 「やあやあ実盛。母様殺して逃げるか去ぬか。〈中略〉去なずとここで勝負勝負」 そこで実盛が、おれの顔を覚えて成人して恨みを晴らせというと、太郎吉は、皺が増え髪は白くなり顔が変わるだろうという。それに対して実盛は。 「成程、その時こそ、鬢髭を墨に染め若やいで勝負を遂げん。」 と返す。
ここらのやりとりはなんともおおらかでユーモアがあり、好きな場面ではあるが、(このくだりは、平家物語など軍記物における斎藤実盛の逸話のパロディでもある)その直前に太郎吉は瀬尾を祖父と知らずに刺し、瀬尾は太郎吉が孫であるのを告白してから自らの首をかき切って絶命しているのだ。それにこのやりとりの最中に実盛は、裏切り者の仁惣太の首をかき切って捨てている。 これはもう、人の命が軽い、などという次元ではない。
瀬尾は、悪人役によくある赤ら顔の人形で、動作が荒っぽく天を揺るがすような大笑いをする、いかにも「ワル」なのだが、じつは孫のために命を投げ出す義を重んじる男であることが、絶命の寸前にわかる。その直前まで、本当にどうしようもない悪役だったのに、この変わり身。これは悪役が善心に立ち帰る、モドリという趣向なのだそうだ。 文楽にはよくある展開で、文楽を見始めたころは戸惑ったが、慣れてくるとこのメリハリが小気味よくなる。
文楽の楽しみのひとつは、人形の首や手のかすかでなめらかな動きによって表現される、微妙な感情を読み取ることである。また、飛んだり跳ねたりの大立ち回りや宙を自在に飛び回ったりの、突飛で大仰な動きも楽しい。
これまで様々な人形の動きを見てきたが、「壇浦兜軍記 阿古屋琴責の段」には驚かされた。 まず、遊女・阿古屋の姿に目を釘付けにされる。虎が二匹刺繍された着物は、小林幸子顔負けの派手さ。顔もしぐさも、これまで見てきた女方のなかで一番色気があるといっていいほどだ。 その阿古屋が、馴染みを重ねた景清の居所を吐かせるための拷問として、琴、三味線、胡弓を弾かされる。肉体を痛めつけても絶対に白状しないという判断からであるが、なんと粋な趣向なのだろう。 楽器の調べと唱歌によって、阿古屋が景清への悲しい思いを語ると、景清の居所を知らないと判断され、許される。
筋だけ見れば、「いいお話」で終わってしまうのだが、この段の見所は、阿古屋の演奏にある。人形の手、とくに弦を押さえる左手の動きが神業なのだ。楽器の構え方がそれぞれちがう琴、三味線、胡弓を、すさまじい早弾きで、しかも音とぴったり合わせている。曲芸的な見せ方をめったにしない文楽の中で、際だった段といえる。普段は目立たない左手遣いの、面目躍如である。 阿古屋だけ人形遣いが三人とも出遣い(顔を見せること)であることも、この段における人形遣いの意欲を感じさせる。
■玄月(げんげつ)
作家。大阪南船場で文学バー・リズールをプロデュースし、経営している。1965年生まれ。大阪市立南高等学校卒業。2000年「蔭の棲みか」で第122回芥川賞受賞。著書に、『山田太郎と申します』『睦言』『眷族』『めくるめく部屋』『狂饗記』など。大阪府在住。
(2014年1月7日 第二部「面売り」「近頃河原の達引」「壇浦兜軍記」、
16日 第一部「二人禿」「源平布引滝」「傾城恋飛脚」観劇)
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