いかがお過ごしでいらっしゃいますか?
まだまだ収まりをみせない新型コロナウィルスに心落ち着かない日々が続いていますが、そんな人間の不安をよそに自然は季節が移ろってゆくのを感じさせてくれて、いつかは穏やかな日常が戻るのだろう、と少し希望を持たせてくれているような気がしています。
私は、4月は丸一か月休みなく自分自身の舞台の稽古と公演でした。
なので、文楽4月公演は拝見できないものと諦めておりましたが、4月15日の吉田簑助師匠ご引退のニュースには、「諦めきれない!!」ともんどりうち、4月24日の花束贈呈式の様子をYouTube配信で、自室で泣きながら拝見いたしました。
緊急事態宣言発令の為、公演が1日短くなったことも、とても残念に思いましたが、しかしながら、こんなご時世でなければ、世の中もこれほどまでには「動画配信」のハードルが下がっていなかったろうし…。
こうして映像であっても花束贈呈式や簑助師匠の引退に接されてのお言葉などをうかがうことができた、と思うと「ありがたいなぁ、文明の進化…」と感謝の気持ちもわいてくるのでした。
そして、5月に入って知った「4月文楽公演 動画配信決定 ストリーミングプラスで」
なんと!!!
4月公演が!
ノーカットで!
うれしい!
感激!!
この嬉しさ、勢い余って…
いつもは1作品に絞って書かせていただく「かんげき日誌」ですが、今回は全部の作品をご紹介しちゃいました。
あくまでも、私の独断と偏見の個人的意見でございますが、これから配信観てみようかな~と迷っていらっしゃるならば、ご参考までに…。
~日本文化の香りを堪能したい派のあなたにおススメ~
第1部 「花競四季寿」「恋女房染分手綱」
「花競四季寿」は10~15分の小作品4本がそれぞれ春夏秋冬を表現、舞踊の公演のような感じで、日本文化の香り高さが楽しめます。
万才
賑やかで華やかなので、幕開きにぴったり。軽妙な掛け合いに、日々の憂鬱さが吹っ飛びました。
海女
じっくりと義太夫を楽しむ前半の大人な時間と、後半のぱぁぁっと明るくなった後の海女の踊りの涼しさ、愉快な海の仲間が登場してからの可愛さは微笑ましく、お子さんにも楽しく見ていただけそう。
関寺小町
年老いた小野小町が一人昔を懐かしんでいる佇まい、最後はよろよろと立ち上がりどこかへ立ち去ってゆく老女の所作の哀しさと美しさ。
特別に何かが起きるわけでもないのに、ともかく引き付けられる作品。
どの瞬間も画が美しく、すべてがポストカードになりそう。
人形浄瑠璃の技術の高さを堪能できる作品。
鷺娘
関寺小町と対照的な、若さ、娘らしさを楽しめる。雪の背景も美しく、衣裳の引き抜きも華やかで、変化の面白さが際立ちます。
「恋女房染分手綱」
泣きたかったら、これ!
超おススメです。
幼い三吉が歌う馬子唄、もう、どばーーーーーっと滝のような涙。
日本人的義理立ての理屈に、途中はちょっとモヤっとしたのですが、最後の号泣を誘うための仕掛けだったのか!してやられた!と見終わって納得。
そして涙でデトックスされたのか、見終わった後、なんだかすっきり。(当社比)
~壮大歴史ドラマ派のあなたにおススメ~
第2部 「国性爺合戦」
近松門左衛門作、1715年の初演は足掛け3年、17か月もロングラン公演された大人気作。
中国人を父に、日本人を母に持つ実在の人物・鄭成功(後の国姓爺/劇中名は和藤内・国性爺)がモデル。物語は結末を含めて史実とは異なるフィクションとなっていて、見ごたえたっぷりの歴史物語。
主人公、和藤内(わとうない)の名前は「わ(和・日本)でもとう(唐・中国)でもない」という洒落だとか。
鎖国していた初演当時の観客にとって異国情緒漂う物語が人気を博した理由のひとつだと思いますが、私が最もグッと来たのは、和藤内の母親の振る舞いと思いやり。
和藤内の父・老一官には前妻との間に錦祥女という娘がいる。
和藤内の母は、夫の娘ならば血はつながらずとも我が子も同然とたびたび彼女を守るのだが、死にゆく錦祥女を思いやって、「この世に心残らぬか」と優しい声で問いかける瞬間には涙腺崩壊。
社会や常識、生き方や考え方は変化しても、親の愛や大切なひとを思う心は変わらないものなのですね。
壮大な歴史の流れの中に沈んでゆく命の儚さが、この物語のスケールの大きさを際立たせていました。
日本の浜辺から唐に渡り、国性爺となるまでの出来事が、どれもこれも一大スペクタクル。
特に楼門の上の錦祥女は、大きく動かないのに豊かで、満ちていて。
簑助師匠が長い年月をかけて積み上げてこられたものが極まっている美しさは忘れがたいものとなりました。
虎の背中にのって駆け抜けるような3時間。
映画のように一気に見るもよし、連続ドラマのように一段ごとに区切って時間をかけてみるもよし。
~エンタメ派のあなたにおススメ~
第3部 「傾城阿波の鳴門」「小鍛冶」
「傾城阿波の鳴門」
超有名な「とと様の名は十郎兵衛、かか様はお弓と申します」のセリフは知っていたものの、実はストーリーを知らなかったこの作品。
えええっ、そうなっちゃうの?!と、バッドタイミングが重なりすぎる成り行きを、唯々もどかしく思いながら見続ける。
「わたしがお母さんよー!と言いたい!言いたい!…けど言えないいぃぃ!!」
と悶えるお弓。
「言わへんのかー」と思わず突っ込めてしまう間の良さ。
お弓さん心の声が駄々洩れですが、それだけエンタメ度が高いといえるのでしょう。
パッと解放される心の声、母娘の会話が展開していき、お弓の息遣いまでも感じられる人形の身体性が相まって、情感たっぷり、物語にどんどん引き込まれていきました。
初めて文楽を見た時の17歳の私が感じた「文楽は和風ミュージカル」
この作品でもそれが強く感じられました。
そして、第1部の三吉の馬子唄と同様に、ここでも娘・おつるが唄う順礼歌にやられるわけです。
こどもに歌わせるの、本当にずるい…。
ストーリー運びも鮮やかで、超有名作である理由がよくわかる素晴らしい上演でした。
「小鍛冶」
お能に取材した演目で、松羽目の背景で始まるこの作品。
天皇に「名刀作って」と命令された三条に住む小鍛冶の宗近さん。
困ったなぁ、自分と同じくらい良い腕前の相槌役がいないといい刀出来ないよ…と悩み、
お稲荷様に祈願すると、神々しい老人があらわれる。
相槌って会話の中で使われるけど、もとは鍛冶職に向かい合って大槌を振る相方のことを指しているのですね。勉強になりました。
本家のお能では「小書き」という特殊演出がつく場合があります。
「小鍛冶」は通常は前半が童子、後半が赤い髪のお稲荷様だけれど、「白頭」と小書きがある場合は、前半が老人、後半が白い髪のお稲荷様が登場するそうです。
文楽も、この白頭バージョンです。
老人は鎮め扇(いわゆる普通の扇)、宗近は中啓(末広がりになった扇)を使っています。
後半、稲荷明神があらわれ、刀が鍛え上げられていくのですが、この時の演出が、もう、
That's エンターテイメント!
写実的に刀打ちが行われるのが、新鮮で面白いのです。
文楽が生身の人間が演じるお能や歌舞伎と異なる点で、「人形なので宙に浮くことがたやすい」ということもこの作品の面白さを増していると思います。
この稲荷明神も、豪快に空中を自由自在に飛び回ります。
ですが、ラストシーンで「失せにけり」と去る時、人形がふいっと消えてしまうような演出も出来そうなのにそうはせず、律儀に揚幕に入って退場していくのを見ていると人形が逆に人間っぽく思えてきて、なんだか不思議で面白く感じられました。
この小鍛冶、「刀」つながりで人気ゲームの「刀剣乱舞-ONLINE-」とコラボし、劇場公演時は刀剣乱舞のキャラクター・刀剣男士 小狐丸の人形がロビーに飾られていたそうです。
文楽をご覧になったことのない刀剣乱舞ファンのお客様もたくさん訪れられたとか。
第3部は、初めての方にもお勧めできるエンタメ度の高い2作品であったと思います。
ここに記したこと以上にまだまだ感想はあるのですが…
ともかく私は4月公演を大満喫することができました。
映像でだと、どうなのだろう…と内心思っていたのですが、それは杞憂でした。
期間中どのタイミングでも何度でも見ることができてクローズアップもしてくれて、ある意味で特等席感もある配信映像。
まだ視聴期間が残っているので、もう何度か繰り返し見てみたいシーンを楽しみたいと思います。
4月公演、1部から3部まで、どれも母の愛が描かれていたなぁ、
と感動を反芻していてアッと気付いた、今日は5月9日、母の日ではないですか。
お母さんにありがとうと感謝して、今夜は一緒に文楽見るのもよいかなぁ。
★配信視聴についてはこちらをご覧ください!
■たきいみき
舞台女優。大阪生まれ。
主演作に「黒蜥蜴」「ふたりの女」「夜叉ヶ池」(演出:宮城總)、「令嬢ジュリー」(演出:フレデリック・フィスバック)など。野田秀樹作、オン・ケンセン演出「三代目、りちゃあど」では歌舞伎や狂言、バリ伝統影絵などジャンルを超えたメンバーと共演の他、クロード・レジ「室内」、オマール・ポラス「ドン・ファン」など、海外の演出家とのクリエーション作品も多数。
(2021年4月文楽公演 第一部『花競四季寿』『恋女房染分手綱』、
第二部『国性爺合戦』、第三部『傾城阿波の鳴門』『小鍛冶』動画配信視聴)
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