うーーん、幼い恋だな。
幕が開いて早々、お染と久松が生玉さんの境内でいちゃいちゃしているのを見て、おっちゃんの私はそう思いました。
お嬢様のあなたとこうして人目を忍んで逢うのは、ご恩を受けた旦那様に申し訳が立たないのです。
丁稚の久松がそう言って合わせる手を、お染は握りしめます。
こうしたわけになったのも皆わたしのせいなの。
などといって嘆くかと思えば、
どうしてそんなに女子に好かれるようにイケメンに生まれてきたの。
と甘えかかり、久松も、
そうおっしゃるあなたこそ、そのかわいいえくぼで人を迷わせなさいます。
とデレデレしています。
『染模様妹背門松』下の巻の冒頭「生玉の段」です。この段は全体が「夢オチ」なので、大店のお嬢様と使用人の隠れた恋も、ストレートに表されています。
歌祭文で自分たちの恋が世間に拡散されていたり、悪役の善六を刺して久松、お染が井戸へ投身したり、と夢だからこその展開がテンポよく進みます。でもこれ、上の巻から通して観ていた客は、この時点での突然の主役自害に、驚いたでしょうね。
まあそれにしても、ピュアな初恋です。日曜日の公園で見かける、ベンチの中高生カップルのような。お染は、ジャニーズや韓流アイドルに恋するように、イケメンの丁稚に熱くなってしもたんかな。おっちゃんには誰が誰か見分けもつけへんけど。
こんなふうに、保護者の目で若い恋人たちを見ている私は、続く「質店の段」「蔵前の段」では、お染久松に感情移入するのではなく、その親たちに気持ちを寄せて舞台を観ることになります。客席には、年配の観客も多くいらっしゃいましたが、皆さん私と同じだったかもしれません。
「質店の段」では、久松の父、久作が店に訪ねてきて、久松を連れて帰ろうとし、あらがう久松を革足袋で打ち叩きます。久松のために大金を出して買ってきた革足袋で。わが子への愛情が極まった説教は、劇中いちばんの聴きどころです。
お染が久松をかばい、お染の母が現れて久松とお染を説得します。お染は懐妊しているのですが、親たちは、久松が故郷へ帰りお染が縁組した相手に嫁入ることを望んでいるのです。
四人のそれぞれの心の動きを、竹本千歳太夫さんと豊澤富助さんの絶妙のやりとりで堪能しました。
「蔵前の段」では、お染の父が「白骨の御文」を例えにして、お染を諭します。
おまえも思い合った相手がいるのだろうが、叱ったりはしないよ。けれども義理のある縁組なのだから、さっぱりと思い切って嫁入りしてくれ。
愛情を籠めて言い聞かせる父を、豊竹藤太夫さんと竹澤宗助さんが滋味深く語ります。
それでも、翌朝、お染は自害、久松は蔵の中で首を括っているのを発見されます。心中物で定番の、道行や心中の場面が本作では省略されています。なぜなんだろう? と思いました。幼い恋が、「恋の真実の圧倒的な力」を得るまでには至らず、観る客が、若い二人への同情よりも、周りの大人たちへの共感をより強く感じるだろう。作り手はそう考えたのでしょうか?
おっちゃんである私は、親たちの目線で観て、深く納得し感動を覚えます。
若い人たちはどう観るのかな?
私は、教育関係でも働いていたので、「学校の演劇鑑賞で生徒に観せたら、どんな感想文書きよるやろか」と想像してしまいます。
おそらく、「あるある」なのは、
お染久松死んでかわいそう。添い遂げられへんかったのは最悪。
という若者側の意見でしょう。少し踏み込んで、
世間の義理とか家や親の体裁のために好きな者同士が一緒になれずにお腹の赤ちゃんまで死なせてしまったのは酷い。
と悲劇の原因を考察する感想も多く出るでしょうか。
毒親、親ガチャ、なんて言葉が流行りました。これは経済格差の問題だけではなくて、例えば、父の久作が久松に、
賢いやうでもまだ子供ぢや、
オゝでかした。よう言うたナ。さうするが御主大事親孝行。
と言い、泣く久松の鼻をかましてやったり、お染の父が、
一筋な子供心で埒もないことやなどして、
と、どこまでも「かわいい子供」扱いでいる点に、若い人は敏感に反応するのかもしれません。本作では、二人の父親はやさしくて、母親は厳しい。ソフトとハードの強弱はありますが、子供たちをどうしたいかという落としどころは共通していて揺るぎません。お染久松にとっては、時代ガチャ外れ、というべきかもしれませんね。
『染模様妹背門松』を親子で観て感想を戦わせるのもおもしろいかな。
現代なら、親が意見を強引に言い被せて終わるより、子供の反論が上回って勝利、となりそうではありますが。
■三咲 光郎(みさき みつお)
小説家。大阪府生まれ。関西学院大学文学部日本文学科卒業。
1993年『大正暮色』で第5回堺自由都市文学賞受賞。1998年『大正四年の狙撃手(スナイパー)』で第78回オール讀物新人賞受賞。2001年『群蝶の空』で第8回松本清張賞受賞。大阪府在住。
(2022年1月6日第三部『染模様妹背門松』『戻駕色相肩』観劇)
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