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文楽かんげき日誌

国性爺合戦・錦祥女に共感

青柳 万美 

国性爺合戦のことと”弁えない女”たちについて書かせてください。

『国性爺合戦』は初めての観劇でした。
振り返れば子どもの頃、漫画で読む近松作品集を読んだ時が国性爺合戦との出会いでした。
少女の私にとって近松は「日本版ロミオとジュリエットのような悲恋ものを描いた人」
(心中もののあらすじだけは宝塚歌劇と歌舞伎から知っていたのですね~)だったので、壮大な、しかも中国が舞台の歴史ロマンには「????悲恋じゃない・・・」と戸惑い、
中国史にも日本史にもさっぱり興味を持てていなかったので鄭成功ときいてもピンとこず・・・。
そんな状態で読んでしまった為か、錦祥女の決断も、和藤内の母が自害することも、ただただ男の犠牲になった理不尽なことにしか思えませんでした。
今回、それ以来やっと、本家本元の人形浄瑠璃での『国性爺合戦』と出会うことができました。

ワクワク楽しい前半。
鴫に蛤、大きな虎とは立ち回り!もう最高ですね。

そうして親子の再会です。
ここからの錦祥女の悲劇、母の思いには、こんなに胸がくるしく切なくなるとは思いもしませんでした・・・。
子どもの時にこの舞台と出会っていたら中国史も得意分野になったのではないか、そう思うくらいに物語の世界に浸ることができました。

馴染みある人物とはいえない鄭成功とその家族の物語にここまで感情移入できた理由は、やはり楼門の段での親子の対面、ここの見事さに尽きるのではないでしょうか。
錦祥女が登場した瞬間に女性としての気高さと美しさ、女主人としての貫禄が感じられます。
父その人であるとわかってからの、娘としての切なる思い。
すぐにでも駆け下りて会いたい気持ちと、留守を預かる女主人としての冷静さ。
その葛藤が、語りと共に人形のわずかな首の動きからも感じ取られ、「彼女に幸せになってほしい」という気持ちになっていました。
さらに、今回は吉田簑助師匠の引退公演。
この幕がいつまでもいつまでも続いてほしい、終わってほしくない、この瞬間を永遠にとどめられたら・・・。そんな気持ちが自然と湧き上がってきます。
引退は残念ではありますが、師匠には最後にも素晴らしい舞台を見せていただけたことに、心から感謝いたします。

さて、漫画で読んだ時には納得できなかった錦祥女の悲劇ですが、感情移入できたからか、今回は納得することができました。
幼くして父と別れ、その結果身につけた強さと、父の役に立ちたいという思い、そして夫への深い理解と愛があったからできた決断だったのですね。
悲劇ではあるのですが、「意に反して父や夫の犠牲になった可哀想な女性」とは思いませんでした。
これは、今回の全演目を通して感じたことでもあります。

第一部の重の井(『恋女房染分手綱』)も、第三部のお弓(『傾城阿波の鳴門』)も母として子どもと離れる決断をしています。しかし周囲から言われて無理やり引き離され恨んでいるわけではありません。「御恩と奉公」という当時は絶対的な価値観の中で自分自身で決断し、それを貫き通すことのできる強さを備えた女性です。
己の納得しないことには立ち向かう強さも備えているでしょう。
彼女たちがいまの社会にいたら、相当な強者で、それこそ”弁えない女”と言われるのではないでしょうか。
叶えたいことのためには命もかけるというのは究極の自己主張です。
この視点でみると文楽は弁えない女のオンパレードになります。
主張し、意思を通す女性を良しとした(少なくとも作者たちの)価値観が垣間見えるようです。
そんなところに、なんとも勇気づけられる心持ちにもなりました。

さて、今回は「生き物がいっぱいの楽しさと親子の情愛の切なさ」にまとめられる公演です。
さらにはゲーム「刀剣乱舞-ONLINE-」とのコラボレーションによる刀剣男士 小狐丸の人形展示!!
こういういろいろなポイントがある公演こそ、学校からの観劇などで生徒たちに見てもらいたい、そのようにも感じるとともに、それが難しい社会情勢にもどかしさを覚えました。
観劇者である私ですらそうなのですから、公演に携わっている皆さんの思いは如何許りかと・・・。あえてケースに入れずに写真撮影もしやすいようにと展示された小狐丸。
もっと多くの人が接することのできる日が1日も早く戻ってくることを願っています。


■青柳 万美
大学卒業後、NHK高松放送局、NHK大阪放送局に勤務。リポーター・キャスターとして、生活情報のほか、伝統工芸や古典芸能にまつわるインタビュー企画など作成。MBSラジオ『あどりぶラヂオ』やFMひらかた『おはラジ TUE』で歌舞伎をテーマに話すなど、古典芸能に馴染みのない人へ向けたきっかけ作りを大切にしている。その一環として会員制オンラインサロン Petit Foyer 歌舞伎倶楽部 を主宰。MBSラジオ『日曜コンちゃん おはようさん』 、タカラヅカ・スカイ・ステージ『NOW ON STAGE』などに出演。

(2021年4月20日第一部『花競四季寿』『恋女房染分手綱』、
第二部『国性爺合戦』、第三部『傾城阿波の鳴門』『小鍛冶』観劇)