文楽を見て、子どもたちがあんなに盛り上がるとは……。令和元年7月某日、大阪の国立文楽劇場「夏休み文楽特別公演」のうち第1部「親子劇場」を観劇。会場には大勢の親子連れが訪れ、幼稚園児の姿もありました。落語作家の小佐田定雄さん作の新作の再演「かみなり太鼓」を見ておきたいと観劇したのですが、休憩を除いて全部で1時間半の内容を子どもたちが最後まで飽きることなく見ていたのに驚きました。とてもよく考えられたプログラムだったと思います。
最初の演目は「日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)」渡し場の段。一目惚れした安珍を追いかけてきた清姫を船頭は船に乗せてくれない。そこで清姫は泳いで川を渡ろうと飛び込みます。顔が鬼の形相に。なんと凄まじい、と思う間もなく、今度は蛇になって川を渡る。幕をふるわせて激しい川の流れを表現し、銀糸の長い布を蛇の体に見立てて波の上をくねらせる。人形と波の息の合った競演、そして躍動感。子どもたちも目を奪われ、口を開けたまま舞台に釘付けになっていました。
つづいて、「解説 文楽ってなあに?」。衣裳を取った裸の人形を持って、どうやって3人で人形を動かしているのかを解説。子どもの代表3人にも体験させました。夏休みの良い思い出になったことでしょう。
最後は「かみなり太鼓」(作:小佐田定雄、作曲:鶴澤清介、演出:桐竹勘十郎、作調:望月太明藏)。
天神祭が近い暑い夏のある日。太鼓屋の寅ちゃんの家の庭に落ちてきた雷のトロ吉。太鼓が苦手で上手く雲に乗れず、寅ちゃんのお母さんが怒る声に驚いて落ちてきました。早く雲の上に帰るため、寅ちゃんの家の太鼓で練習を始める……というお話。
トロ吉が庭に落ちてくる時の“ワイヤー・アクション”に子どもたちの目は早くも釘付け。太鼓が上手になったトロ吉が空に帰るシーンは、なんと宙乗り! 客席にお菓子を撒きながら去っていくと盛り上がりは最高潮。エンディングまで考え抜かれ、子どもたちはまるで魔法にかかったように見入っていました。
余韻に浸りながらロビーに出ると、文楽人形が観客をお見送り。人形と一緒に写真を撮りたいという子どもたちに交じって私も1枚、パチリ。
子どもが食いついた理由の一つに、現代の平易な大阪弁が使われているということもあると思います。今の大阪弁でもちゃんと文楽になってしまう。太夫さんってすごいですね。実は、文楽を初めて見たとき、太夫の声の大きさにビックリ。柱のつなぎ目がギシギシ言うのではないかと思ったほど。どうしてあんなに大きな声が出るのか、アナウンサーの端くれとして関心を持ちました。
今回の「かみなり太鼓」の太夫は4人で、登場人物ごとに役を分担していました。これも誰がしゃべっているかが分かりやすく、子どもや初心者には見やすくなっていると思います。また、先輩と若手が並んで演じることで若手の勉強にもなると素人ながら思いました。
ただ、いかんせん、先輩太夫と若い太夫では声が違います。先輩の声は太くて迫力があります。声を出して出して出して、何十年もかかって、あの声になっていくんでしょうね。
太夫の座り方も観察しました。正座ですが膝を開いています。そして、お腹を少し前に落とすようにしているように見えました。これって、私がマイクの前で声を出す時と似ている、と勝手に思いました。お腹から声を出すと言いますが、文楽の太夫はその極致。それを確かめに、また見に行こうと思います。
皆さん、夏休みの「親子劇場」などで「西遊記」や「舌きり雀」など子ども向けの企画がまたあったら、ぜひ、子どもさんと一緒に見に行ってください。すると、あら不思議、皆さん自身が作品に引き込まれてしまいます。
最後に小佐田定雄さんにお願い。大人向けの新作も書いてくださいね!
■中村 宏(なかむら ひろし)
元NHKアナウンサー。福岡・京都・東京・名古屋・大阪などに勤務。中学生のころからラジオが大好きで、東京でも3年あまり朝のラジオ番組のキャスターを担当。現在、「ラジオ深夜便」(毎月第一・第三金曜日)アンカー。関西のおもろい人物のインタビュー、懐かしいヒット曲などをお届けしている。趣味は京都探検、街の日本語観察。
(2019年7月22日第一部『日高川入相花王』『かみなり太鼓』観劇)
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