国立劇場あぜくら会

イベントレポート

あぜくらの集い
「文楽を支える人々─かしらと床山」

開催日:平成28年5月15日(日)
場所:国立劇場伝統芸能情報館3階レクチャー室

国立劇場5月文楽公演の合間を縫って、国立文楽劇場技術スタッフのうち、「首(かしら)」と「床山」の担当者が「あぜくらの集い」に登場しました。具体的な業務の内容を、実際に舞台で使用している人形や道具も使って紹介し、皆さまには文楽を支える仕事の一端に触れていただきました。

大切に使い続ける「かしら」

まずは国立文楽劇場技術室でかしらを担当する村尾愉氏が「かしら」について解説します。文楽の人形は、かしら、衣裳、小道具それぞれの担当者が各パーツを管理しています。演目が決まると、人形遣いから選ばれた「かしら割委員」が、かしらの配役を決めます。これが「かしら割り」です。キャラクターが変わると身分、階級によって顔色、化粧、髪型も変わるため、必要に応じて貝殻を原料とする胡粉(ごふん)を塗り重ねて顔色を調整します。回数を重ねるごとに厚化粧になり、「20年も使うと二回りくらい大きくなる」とのこと。胡粉は天然塗料のためヒビが入りやすく、また鬘を変える度に釘穴も増えていくので、使用限界に近づくと胡粉を全て剥がし、釘穴埋めや仕掛けの全面修理を行います。これを「はぎ塗り」といい、新品同様に補修することで、同じかしらを百年以上使い続けることができるのです。

かしら担当の村尾愉氏
かしら担当の村尾愉氏

かしらの原料は四つ割りにした檜が基本です。四つ割りにする理由は、木の芯が中に取り込まれるとヒビが入りやすくなるため。樹齢60年以上の木が適すると言われます。人形遣いが手に持った時に水平垂直を保てるよう、正中線を慎重に入れてから、ノミや彫刻刀で彫り進めていきます。

かしらの口や眉などを動かす仕掛けに使われるのがセミクジラの髭で、弾力があって扱いやすく、ステンレスやピアノ線よりも手に優しい天然ならではのすぐれもの。ワシントン条約によって国外からの調達はできなくなりましたが、以前に各方面から寄贈していただいたストックで、向こう百年分ほどはまかなえる予定です。

製作中のかしらを用いて解説
製作中のかしらを用いて解説

理想は「魂の抜けた」状態

かしらの性格づけを「性根」と呼びます。例えば「笑い」を性根に持つ娘のかしらは何も考えていない中間の表情で、喜怒哀楽すべてを表現します。娘が年齢を重ねると性根は「泣き」に移行し、「ねむり目」を持つ老け女形となる──といった具合です。かしらづくりの際に大事なのは、人形遣いが構えて初めて魂が入るように、あくまで置いている状態では抜け殻になっていること。舞台で人形遣いが表現するための道具として成立しなければなりません。かしらの種類は立役が約40種、女形が約10種、そのほか孫悟空などのその役にしか用いない一役かしらが30種、全体数では320ほどになります。代表的なかしらの特徴を紹介するとともに、「たこつかみ」「もみじ手」など手足についても解説しました。「差し金」「足を引っ張る」など、現在でも使われる慣用句には文楽や芝居から来た言葉も多いというマメ知識も。

鬘も役を構成する記号

代わって、同じく国立文楽劇場技術室の高橋晃子氏が、「床山(とこやま)」について解説します。床山は人形の髪を結い、鬘を作る仕事ですが、役の身分や年齢は人形の髪型でも表されます。かしら、衣裳との組み合わせによってキャラクターを表す「記号」のひとつなのです。例えば『一谷嫰軍記』組打の熊谷次郎直実と同じ文七のかしらと髪型で、顔を白く塗って額に傷をつけると、『絵本太功記』の武智光秀になります。「今、その人はどんなシチュエーションにいるかを手伝うのが衣裳と鬘の仕事です」。

人形の鬘は人間の鬘と同じように、 主に人毛とヤクの毛を材料として、役柄や使う箇所によって使い分けています。ヘアスタイルは女形で40種、立役で80種ほど。立役のほうが種類が多いのはかしらと同じで、男性のほうがキャラクターや職業が細かく分かれているからです。『夏祭浪花鑑』の団七九郎兵衛などは場面によって髪型が変わるため、同じ文七のかしらを3個用意する必要があり、かしらは常に不足状態。人形の鬘は銅板に蓑毛(みのげ)を縫い付けたものを釘でかしらに打ち付けて固定しているので、簡単に鬘を着せ替えることができないのです。『菅原伝授手習鑑』の松王丸に至っては、通し上演をすると文七のかしらが6個も必要で、翌月の演目でも文七のかしらが出る場合には大わらわとなります。

そのほか、「総捌き」「鬢(びん)バラ」「髷捌き」など、髪が捌ける演出にもいろいろなタイプがあることを実演つきで紹介しました。

床山担当の高橋晃子氏
床山担当の高橋晃子氏

かしら、床山についての解説の後は、質疑応答の時間です。鬘の手入れ、担当者の数(かしら、床山それぞれ二人ずつという少人数制に会場から驚きの声も)、飾り物について、修業の年数や後継者の教育についてなど、多岐にわたる質問が寄せられました。かしら、床山ともに原材料の調達といった今後の対応が急務となっている課題もあり、伝統を継いでいくためには時代に応じた変化も必要であること、その応援のためにも「まずは大阪も含めて文楽の舞台に足を運んでいただければ……」という二人の言葉に、大きな拍手が贈られました。

いろいろなかしらを間近でご覧いただきました
いろいろなかしらを間近でご覧いただきました

大阪・国立文楽劇場へもぜひ足をお運びください。

あぜくら会ではこれからも会員限定の様々なイベントを開催してまいります。皆様のご参加をお待ちしております。

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