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国立劇場あぜくら会

イベントレポート

あぜくらの集い
「新派と昭和という時代──花柳章太郎と初代水谷八重子」

平成28年1月30日(土)開催
於 国立劇場伝統芸能情報館3階レクチャー室

国立劇場での公演は十五年ぶりとなった3月新派公演『遊女夕霧』『寺田屋お登勢』に先立ち、明治以降の演劇界で独自の発展を遂げた新派の魅力に迫る「新派と昭和という時代──花柳章太郎と初代水谷八重子」を開催しました。明治大学教授の神山彰氏をお招きし、なぜ新派の芝居が長きにわたり日本人の心をとらえてきたのか、情熱的にお話しいただきました。

寒い中、多くの方にお越し頂きました。
寒い中、多くの方にお越し頂きました。

「演劇近代化遺産」としての新派

昭和という時代、演劇に隣接する映画や歌謡曲、テレビコマーシャルなどの中に、演劇のイメージが巧みに織り込まれていました。実際に劇場に足を運ばなくても、有名な演劇の台詞や登場人物のイメージは、人々の間に浸透していたのです。とりわけ大衆的な人気を誇ったのが新派でした。その人気の理由は「浅はかさと愚かさ」にあると神山氏は指摘します。「人間は立派な存在ではありません。人間の浅はかな欲望や愚かさといった喜怒哀楽をすくい取り、共感させる役割が新派にはありました」。

「泣く芝居」の重要性

人々の共感を得る最大の壺は「泣く芝居」であることです。ギリシャ悲劇の昔から、人々は客席で涙を流してきました。「泣くことにはストレス発散の効果があります。けれど、人間は泣きたい時に泣けないもの。泣かせるには何か仕掛けが必要で、紀元前五世紀から十九世紀終わりの映画が登場する前まで、その役割は演劇が担っていました。つまりカタルシスを味わうことが演劇の重要な役割だったのです」。

日本の演劇でその役割を担ってきたのが新派でした。歌舞伎や浄瑠璃が伝統芸能として「立派になりすぎた」こともあり、「泣く芝居」としての新派の存在意義は大きいと、神山氏は説きます。

新派の劇作法

具体的な新派の魅力について神山氏がまず挙げたのは、装置の力です。

『金色夜叉』であれば熱海の梅園といったように、昭和三十年代まで新婚旅行先として人気だった熱海という場所が持つ「思い出の引用」としての効用があります。泉鏡花の『白鷺』に登場するのは、銀座風月の二階。「実際にその場所を知らなくても、観る人の記憶が引用される気がします」と神山氏。また昭和三十六年に久保田万太郎が演出した『婦系図』では、お蔦と主悦が別れ話をする有名な湯島の場の装置に、鳥居が登場しました。花柳章太郎と初代水谷八重子が演じたこの舞台の記録映像を皆さんに見ていただきながら、「天神様といえば学問の神様。主悦はお蔦と別れて教師になろうとしている。この鳥居だけで学問を象徴しています」と神山氏は語ります。

一方、この場面では清元の『忍逢春雪解(しのびあうはるのゆきどけ)』が流れます。ご存じ、三千歳と直侍の別れの曲です。「つまり、お蔦という狭斜(きょうしゃ)の巷(色街)の世界がお客さんの耳に入ってくる。しかし主悦がこれから選ぼうとしているのは鳥居=学問の世界。それを直感的にお客さんに理解させる、装置と音楽です。背景には月が浮かび、梅の花が咲き、そして清元『三千歳』でしんしんと降る雪を表す──。目と耳でさりげなく雪月花を表すという、新派の見事な劇作法です」。

また神山氏は、「情緒」だけでなく「時間」も表す物売りの声や、川口松太郎が花柳章太郎の思い出として「この反物に似合うような女をやりたい」と語ったというエピソードに触れ、衣裳も新派の大きな魅力であると語ります。人物を内面から作りあげる近代劇と違い、人物の気持ちを衣裳で見せる点が、新派の重要なドラマツルギーです。

解説とともに「婦系図」を鑑賞
解説とともに「婦系図」を鑑賞

女方の台詞と女優の台詞

そして新派を特徴づけているのが、その台詞術でしょう。まずは喜多村緑郎がお孝を演じた『日本橋』の記録舞台映像を皆さんに見ていただきます。「新派の女方の台詞は、この喜多村緑郎に典型的に見られるように、〈張る〉台詞術です」と神山氏。舞台上の登場人物同士が台詞を交わす近代劇的な「横の台詞」に対して、舞台から客席に向かって堂々と聞かせるのが「縦の台詞」。川口松太郎が初代水谷八重子のために書いた『風流深川唄』は緻密な台詞のやり取りで聞かせる「横の台詞」、一方で同じ川口作品でも『鶴八鶴次郎』は、縦と横がうまく組み合わされた台詞でした。そして「張る」台詞をたくみに使ったのが三島由紀夫で、初演は文学座ながら、現在は新派の財産にもなっている三島の『鹿鳴館』は、まさに「張る」「縦の台詞」を駆使しています。ここで二代目水谷八重子と十二代目市川團十郎が共演した同作品の記録舞台映像を見ていただき、「客席に向かって照れずに声を張り上げる」新派ならではの「縦の台詞」とは何たるかを、耳で実感していただきました。

手ぶりを交えて話す神山彰氏
手ぶりを交えて話す神山彰氏

「とにかく新派が好き」という神山氏の新派愛がほとばしるお話によって、100年にわたって人々から愛されてきた新派の魅力がくっきりと伝わり、3月公演への期待もますます膨らむ「あぜくらの集い」となりました。

あぜくら会ではこれからも会員限定の様々なイベントを開催してまいります。皆様のご参加をお待ちしております。

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