国立劇場あぜくら会

イベントレポート

あぜくらの集い
「三味線と絹糸 ─文楽を支えるものづくり─」を開催いたしました。

平成27年2月24日(火)開催
於 国立劇場伝統芸能情報館3階レクチャー室

2月24日に行われたあぜくらの集い「三味線と絹糸─文楽を支えるものづくり─」では、文楽三味線の竹澤宗助さん、滋賀県長浜市で質の高い国産絹絃を長年にわたり製造されている丸三ハシモト株式会社の橋本英宗社長をお招きし、文楽を支える太棹三味線の特色や、三味線の糸をつくり出す伝統技術に迫りました。

義太夫糸 画像
丸三ハシモト特製の義太夫糸

糸の違い、音色の違い

竹澤宗助さん 画像
糸の繰り方を解説される竹澤宗助さん

力強い太棹三味線の響きは文楽の大きな魅力です。まず第一部で三味線を手にお話しいただいたのは、竹澤宗助さん。三味線の糸は太い順に一の糸、二の糸、三の糸と呼ばれます。宗助さんは一の糸は四日に一度、二の糸は二日に一度、三の糸は毎日を目安にかけ替えているそうです。本番での役目を終えた糸は稽古用の「あがり糸」に利用され、それも使い終わると「くず糸」として集められ、毎年三月のお彼岸に、大阪の生国魂神社で「絃納祭」として感謝を込めてお焚き上げが行われます。糸にも敬意をもって接してきた先人の想いがうかがえます。

「上演中に三味線弾きが三味線を置き、糸を引っ張る場面を見たことがある方は多いのではないでしょうか?」。これは「糸を繰(く)る」作業で、三味線の撥数が多く糸が痛みやすい演目などの場合に、演奏の合間に撥が当たる部分をずらし、糸が切れないようにしているのだそうです。「よくお客さんから〝今日は糸が切れたのですか?〟と聞かれますが、そう見えるのは糸を繰っている場合が多いと思います」と苦笑する宗助さん。それでも演奏中に糸が切れることは稀にあるそうで、「その時は切れた糸がスローモーションで飛んで見えます(笑)」。

糸の太さの違いによって、表現する音色も変わってきます。一番細い三の糸は女性の感情を、二の糸は男性の感情をというように使い分けられ、低い音の一の糸は、轟々(ごうごう)と流れる水音を表す際などに効果的に使われます。また、調子の違いで雰囲気も変わります。宗助さんは「二上がりは華やかなメロディ、三下りは少し物悲しく、寂しげな雰囲気」など、実演を交えて説明してくださいました。『合邦』『絵本太功記・十段目』『野崎村』など一段の中で調子が変わる場合には、演奏途中で重さの違う駒に替えています。「糸が切れたのかな?と思った時には、糸を繰っているか、駒を替えているのだとぜひ知っていただけたら」と、ユーモアたっぷりに話されていました。

国産絹糸絃へのこだわり

橋本英宗さん 画像
橋本英宗さん

続いて第二部では、丸三ハシモト株式会社の橋本英宗社長に、糸の製造工程を中心に解説していただきました。明治41年(1908)創業の同社は、三味線、琴、琵琶、胡弓、三線など邦楽器の糸を専門に製造しています。耐久性の点からナイロン、ポリエステル製などを使うことが多くなった現在でも、質の高い絹糸絃を作り続け、演奏家から厚い信頼を受けています。

北国街道の宿場町だった滋賀県長浜市木之本町は、賤ヶ岳の澄んだ雪融け水に恵まれ、かつて養蚕業と製糸業が盛んな土地でした。現在でも丸三ハシモトで製造する糸は、「座繰(ざぐ)り」と呼ばれる、昔ながらの糸取りの手法が受け継がれ、桑の新芽を食べて育った春の蚕による繭から手作業で一本一本取られた糸のみを原糸としています。良質のたんぱく質が多く含まれる春の繭から取れる糸はパリッと堅く、張りがある音になるそうです。

職人技が光る伝統工法

絹糸絃の製造にはおよそ12の工程があり、丸三ハシモトではその多くを今も手作業で行っています。糸の太さは原糸の本数ではなく重量によって決まり、年季の入った「匁(もんめ)ばかり」で目方を量ります。その糸に「撚(よ)り」をかける作業が重要なポイントです。三の糸の撚りには糸の先につけた独楽(こま)を手で回して撚りをかけていく「独楽撚り」という伝統工法を用います。これを行うには熟練の技が必要で、今では丸三ハシモトにしか残っていない工法です。一の糸、二の糸は余韻が出る撚り方を、三の糸は瞬発力のある音が出るような撚り方をしているとのこと。ウコンで黄色く染めた糸は、餅糊で煮込むことで強度が増します。その糊をつくるための餅まで自家製とは驚きです。糸を張って乾燥させた後は、表面に飛び出た糸玉などを産毛を取るように削っていきます。目視と指先の感覚を頼りに一本一本の小さな節を探り当てるという、大変デリケートな作業です。さらに餅糊で表面にコーティングをし、裁断したものを輪っかの状態に巻いて、ようやく完成! スライドや動画で作業の様子が映し出されるたびに、会場から感嘆の声があがりました。

絹糸絃の製造工程
絹糸絃の製造工程をスライドで解説していただきました

「音色の深さ、余韻の響きは絹糸の絃ならでは。一の糸ではおよそ3400本もの繭糸を束ねていますが、天然の絹糸を何百、何千本と集めて撚りをかけていくことで、空気中の振動が複雑に伝わるのだと思います。スチール弦にもシャープな音が出せるなど良い面がありますが、人間の声に近いとも言われる絹糸絃は、非常にまろやかな音が特徴。世界でも貴重な日本の絹絃の良さを、今後は海外にもPRしていきたい」と意欲を語る橋本さんに、宗助さんも「約30年前に師匠たちと工場見学に伺ったことを懐かしく思い出しました。普段使わせていただいている糸がこんなに大変な工程でつくられていることに、改めて感謝の気持ちでいっぱいです」と感激の面持ちです。

最後に宗助さんから「使い終わった糸の活用法を皆さんにも考えていただけたら」と、参加者全員にご自身で使用された太棹三味線の糸が配られ、内容盛りだくさんの会となりました。

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