国立文楽劇場

魅力的なキャラクター「彦山権現誓助剣」

三咲 光郎

今年の桜は早かったですね。気がつけば、えっ、もう満開?そして毎年ならお花見の時期にはさっさと葉桜に。なんとなく慌ただしく始まった新年度、新学期ですが、そんな週末の午後、四月公演第2部、『彦山権現誓助剣』を楽しんできました。

文楽鑑賞でまだまだ初心者の私は、初めて観る舞台でしたが、敵討ちの話です。ヒーローは気が優しくて力持ち。ヒロインは凜々しい武芸者として登場するけれど違った面も見せてくれる。キャラクターの面白さも抜群、聴きどころ見どころの多い快作です。

長門国の国主の剣術指南役、吉岡一味斎が同じ指南役の京極内匠に暗殺され、一味斎の長女お園と次女お菊は二手に分かれて敵討ちに旅立ちます。
 今回上演されるのは、先ず『須磨浦の段』と『瓢箪棚の段』。須磨浦でお菊が、山城国小栗栖でお園が、それぞれに京極内匠に遭遇するエピソードが語られます。
 お菊は幼な子の弥三松をつれて旅を続けているのですが、心身ともに疲れ果てているところに、浪人となった京極内匠を見つけます。自分に横恋慕する内匠に近づいて、隙を突こうとするも返り討ちに遭い無念の最期を遂げてしまう。お菊の繊細さ、真面目さを竹本三輪太夫さんが、内匠のふてぶてしい冷酷非情ぶりを豊竹睦太夫さんが、絶妙の掛け合いで語って、いっきに物語にひきこまれます。
 物語の大団円で姉妹そろって敵討ちをして本懐を遂げるのかと思いきや、妹のお菊は無残にも幼な子を残して悪人の手に掛かってしまう。予想を裏切る出来事に、緊迫感が増して、この先の敵討ちの難しさが思われます。

『瓢箪棚の段』は、山城国の小栗栖という片田舎が舞台です。夕顔の蔓を這わせた大きな棚の前で、土地の男たちが博打をしたり、夜鷹が集まったりしています。夜更け、そこに独りたたずむ夜鷹姿の女。道行く男に声を掛けているのは、実は父の敵を探す長女のお園です。
 お菊のお供をしていた友平が現れ、妹の非業の死を伝えて切腹。そこに登場した内匠が、池の中から名剣を探り当てます。
 この展開は何だ? 不思議なことがいろいろ起きるけど、どういうこと?
 事前に劇場で販売しているパンフレットで読んでいたので大丈夫です。山城国の小栗栖は、あの明智光秀が三日天下の後、敗走する途で討たれて果てた地なのです。とパンフレットの受け売りでドヤ顔をさせてもらいましょう。京極内匠は実は光秀の遺児であったと驚愕の事実が明らかになり、内匠の目的は、亡き父から天下を奪った真柴久吉(秀吉のことです)を倒すことだと知らされます。そもそも敵討ちの因縁が生まれた長門国は、国主が真柴久吉の命令で朝鮮出兵の指揮をとった国であった。と、物語の背景がつながって、スケールがぐんと大きくなります。

それはさておき。闇の中で引き寄せられるように遭遇するお園と内匠。名刀を奪い合って戦いが始まります。お園が実にかっこいい。父に仕込まれた武芸で内匠と渡り合います。『瓢箪棚の段』は、波乱万丈なエピソードですが、竹本津駒太夫さんがリアリティのある人物描写をなさりながら、鶴澤藤蔵さんの歯切れの良い三味線とのセッションでどんどん盛り上げるので、時間を感じさせません。お園と内匠は戦ううちに棚の上に上り、そこから内匠を遣う吉田玉志さんがひらりと飛び降りたのには、あっと驚いてしまいました。

休憩を挟んで、『杉坂墓所の段』と『毛谷村六助住家の段』。  いよいよヒーローの六助が登場します。人形を遣うのは吉田玉男さんです。亡き母の喪に服し、路頭に迷う幼な子をつれ帰って世話をし、親孝行な浪人者の願いを聞き入れる、心根の良さが魅力的な豪傑です。敵討ちのいきさつを知って、師の一味斎やいいなずけのお園にも深い思いを見せる。腕力や武芸の強さより、男泣きに泣く六助の姿に、男の情が心地よく沁みてきます。『毛谷村六助住家の段』は、豊竹睦太夫さん、野澤勝平さんと、竹本千歳太夫さん、豊澤富助さんです。

そして何より楽しいのは、ヒロインお園がさまざま見せてくれる姿です。人形を遣うのは吉田和生さん。美しくたたずむ夜鷹が一転して凛々しく颯爽とした武芸者に。敵地に潜り込む虚無僧が、いいなずけを前にして、かわいらしく、かいがいしい女房に。
 『彦山権現誓助剣』は、一家離散した家族が敵討ちをすることで再生するドラマですが、六助やお園といったキャラクターの面白さが魅力的な物語をつくりあげています。

■三咲 光郎(みさき みつお)
小説家。大阪府生まれ。関西学院大学文学部日本文学科卒業。
1993年『大正暮色』で第5回堺自由都市文学賞受賞。1998年『大正四年の狙撃手(スナイパー)』で第78回オール讀物新人賞受賞。2001年『群蝶の空』で第8回松本清張賞受賞。大阪府在住。

(2018年4月14日第二部『彦山権現誓助剣』観劇)