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国立文楽劇場

江戸の文春砲

東 えりか

今年も華やかに年が明けた。公演初日の鏡開きは逃してしまったけど、まだまだめでたい気分が充満している劇場に足を運んだ。休日だったので第一部はほぼ満席。舞台の上でぎょろりと目を剥く「にらみ鯛」も嬉しそうに見える。お正月に文楽は良く似合う。着物の女性も普段よりたくさんお越しだ。

太夫・三味線がずらりと舞台に並んだおめでたい『寿式三番叟』で賑々しく幕が開き、『奥州安達原』『本朝廿四孝』とお馴染みの演目が続く。

『本朝廿四孝』「十種香の段」では吉田簑助さんの遣う「腰元濡衣」が登場すると、にわかに拍手が沸き起こる。匂うような色気は今年も健在だ。

今回の私のお目当ては第二部の『お染久松 染模様妹背門松』。

大坂で質屋と油屋を営む大店の娘、お染は親の言いつけで山家屋清兵衛という年上の男との婚儀が決まっていた。しかしお染は丁稚の久松と恋仲である。お染が小さいころから奉公している番頭の善六も横恋慕で、むりやりお染を口説こうとしている。そこへお染の兄の多三郎が、恋人の芸妓・おいとを身請けしたと戻ってきて、その金を借りた大阪屋源右衛門の策略にひっかかるが、あぶないところを山家屋清兵衛に助けられる。

とまあ、登場人物が善人か悪漢かが色分けされていて話の筋がとてもわかりやすい。番頭の善六を遣う、桐竹勘十郎さんが活きいきと小悪党を演じていて小気味がいい。もともとユーモラスな「油店の段」を豊竹咲太夫が盛り上げる。

話の筋とはほとんど関係ない、スケベだけど愛嬌のある善六と肝心のところが抜けている源右衛門のチャリ場では、ホウキを三味線に見立てて昨今の流行を入れ込んでいく。「PPAP」が意外にも浄瑠璃の節回しにあい、「君の名は」と問いかけて、『ドクターX 外科医・大門未知子』ばりに「私、失敗しないので」と畳み掛ける。こういう遊び心は大好きだ。

この場は、このところ界隈で流行っている「お染久松袂の白絞り」という草双紙を茶化したものなのだが、江戸時代も不倫や恋バナに、人は目がないのだなあ、ということ。

2016年の流行語のひとつに『文春砲』というのがあった。芸能人やらミュージシャン、政治家や落語家まで、色恋沙汰の噂は千里を駆け抜けていくらしい。お染久松が心中しようと決めたのも、善六がリークした二人の仲を、早速、歌祭文にされて小屋にかけられてしまったからだ。知られたくない秘密を親友に暴露され、芸能界を引退した俳優を思い出してしまった。

江戸時代も現在も、人の心などそう変わるものではない。人を恋する気持ちも、裏切られた悔しさも、追い詰められて何も見えなくなってしまう状態も、文楽の人形は嫌味なく目の前にさらけ出してくれる。

いまの時代に、浄瑠璃の戯作者が生きていたら、どんな本を書くだろう。トランプ大統領誕生のネタなんて、けっこういい筋書ができそうな気がする。

■東 えりか(あづま えりか)
書評家。千葉県生まれ。信州大学農学部卒。幼い頃から本が友だちで、片っ端から読み漁っていた。動物用医療器具関連会社の開発部に勤務の後、1985年より小説家・北方謙三氏の秘書を務める。 2008年に書評家として独立。
「小説すばる」「新刊展望」「ミステリーマガジン」「週刊新潮」などでノンフィクションの、「小説宝石」で小説の書評連載を担当している。2011年、成毛眞氏とともにインターネットでノンフィクション書評サイト「HONZ」(外部サイトにリンク)を始める。好んで読むのは科学もの、歴史、古典芸能、冒険譚など。文楽に嵌って10年。ますます病膏肓に入る昨今である。

(2017年1月4日第一部『寿式三番叟』『奥州安達原』『本朝廿四孝』、第二部『染模様妹背門松』観劇)