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国立文楽劇場

親子で観よう!人形浄瑠璃

東 えりか

新幹線を降りたら、新大阪駅は大混雑だった。7月18日は夏休みと三連休の初日が重なった。ただでさえ混み合う時期なのに、前日に通り過ぎた台風11号の影響で、環状線がストップしているうえ、大阪を起点として発着するJR西日本の特急も全部止まってしまったのだ。観光客はどうしたらいいかわからず右往左往していた。

駅員さんに尋ねると地下鉄はすべて動いているというので、スマホの検索機能をフル回転してとりあえずホテルに到着。今回の文楽観劇も波乱含みで始まった。

夏の公演と私は、どうも相性が悪い。仕事で泣く泣くキャンセルしたり、ようやく休みを取った日が貸切だったり。だが、今回は万障繰り合わせてやってきた。というのも、1部の親子劇場で上演される、新作「ふしぎな豆の木」の前評判がとても高く魅力的だったのだ。

公演に先駆けて7月1日から13日まで開催された「文楽の世界展」(阪急うめだ本店9階の阪急うめだギャラリー)で行われた「ふしぎな豆の木」のスペシャルデモンストレーションが素晴らしかったと文楽仲間が口をそろえて褒めていたからだ。

そもそもこの「親子劇場」、子供相手とはいえ毎回侮れない。昨年の「かみなり太鼓」は落語作家の小佐田定雄さんの書き下ろし作品だったし、2013年の「金太郎の大ぐも退治」は宙乗りで拍手喝さいを浴びたと聞いた。どちらも見られず、悔しさの涙を飲んだお芝居だったのだ。

翌日は快晴。気合いを入れて出かける直前、いつもなら11時開演が10時半と気づき、大慌てで文楽劇場へ駆けつけることになったのはご愛嬌。みなさん、開演時間は気を付けましょう。

親子連れで一杯の劇場内は、やはりいつもとは違う雰囲気だ。子供用に椅子をかさ上げする固い座布団のようなものを抱えているお父さんお母さんと期待に満ちた目をした子供たち。なかには怯えて泣いていたり、会場の中を走り回って怒鳴られたりと、喧しいけどなんだか楽しい。

ところが始まってみると、みんな食い入るように舞台を見つめている。さっきまでぐずっていた赤ちゃんまで身動きせずに目を見開いているではないか。

「ふしぎな豆の木」は『ジャックと豆の木』を下敷きにした、作家・竹田真砂子さんの書下ろし新作。主人公の本若丸は不幸続きで笑顔を忘れた母さんのため、なんとかしようと努力する男の子だ。力自慢でも神通力を持つわけでもない普通の少年が鎮守の神様の力を借りて、行方不明だった姉を助け、天界の龍魔姥と対決する物語。

地上と天界を行き来するための大きな豆の木を伝わって、上下に場面が転換するのも面白い。豆の芽が出てするすると大きくなる姿も、なかなかにリアルだ。

今回見逃せないのは黒衣さんたち。地上では黒衣で天界では白衣。その上「忍法・木の葉隠れ」まで披露する。これは今まで見たことがない趣向だった。

大夫さんたちも声が高くて通る方々が揃っていて、ピーンと張った三味線の旋律ととてもよく合っていた。これは耳に心地いい。

東京でも子供たちに見せてあげたいな、と思ったら日生劇場で8月8日・9日と公演があるそうだ。夏休みの思い出にぜひ。

さて、今回強行軍で3部を通しで見ようと思ったのにはわけがある。『生写朝顔話』ほぼ全編が2部3部で行われるのだ。夏の定番であるこの演目だが、上演されることが多いのは「宿屋の段」と「大井川の段」。パンフレットによると「真葛が原茶店の段」は37年ぶり、「薬売りの段」は26年ぶりに演じられるという。

文楽や歌舞伎では、有名で特徴のある幕だけ演ることは多いが、やはり通しでみて内容を理解すると、楽しみは倍増する。今回も「薬売りの段」があってこそ、誰もが爆笑する「嶋田宿笑い薬の段」が生きてくるのだ。

それにしても藪医者の萩の祐仙の人形を遣った勘十郎さんが素晴らしかった。笑い続ける文字久大夫さんの大音声も迫力満点。もともと大好きな演目だったが、さらに好きになった。

昨年の住大夫さん、源大夫さんの引退があり、パンフレットの大夫の写真だけ、一番上の人間国宝の欄が空席で寂しかったが、今公演の直前に豊竹嶋大夫さんが人間国宝の認定を受けるという喜ばしいニュースが入ってきた。

しかしその直後、今度は竹本源大夫さんが亡くなったというではないか。いままで屋台骨を支えてくれていたベテランたちが退場し、新たな力の勃興が始まっている。文楽を見始めるなら、ある意味今がチャンスだと思う。

まずは親子劇場で文楽ってどんなものか体験してほしい。百聞は一見にしかず。こんなに面白い伝統芸能があったのか、と驚かれるに違いない。

■東 えりか(あずま えりか)
書評家。千葉県生まれ。信州大学農学部卒。幼い頃から本が友だちで、片っ端から読み漁っていた。動物用医療器具関連会社の開発部に勤務の後、1985年より小説家・北方謙三氏の秘書を務める。 2008年に書評家として独立。
「小説すばる」「新刊展望」「ミステリーマガジン」「週刊新潮」などでノンフィクションの、「読楽」「小説宝石」で小説の書評連載を担当している。2011年、成毛眞氏とともにインターネットでノンフィクション書評サイト「HONZ」(外部サイトにリンク)を始める。好んで読むのは科学もの、歴史、古典芸能、冒険譚など。文楽に嵌って10年。ますます病膏肓に入る昨今である。

(2015年7月19日第一部『ふしぎな豆の木』『解説』『東海道中膝栗毛』、第二部『生写朝顔話』、
第三部『きぬたと大文字』『生写朝顔話』観劇)